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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第二部
85/232

#078「刺抜き」【織田】

※女主人公のタグに反する、男同士の会話です。

※群像劇なので、例外として捉えてくだされば幸いです。


#078「刺抜き」【織田】


 背に腹は代えられず好意に甘えたが、この観音院という男は、狐目の薄笑いの下で何を考えてるか分からないから、不気味で、いけ好かない。

「叱るときは一対一で、目線を合わせず、誰にも邪魔されない奥座敷を使うことにしてるんだ。衆人環視の下で怒鳴ると、相手の尊厳を傷付けちゃうからね」

 何が言いたいんだ、この男は。

 立ったまま両手を後ろで組み、欄間に視線を向けながらのべつ幕なしに話す観音院に対し、織田は苛立たしげに言う。

「さっさと本題に入ってくれ。覚悟なら出来てる」

「そうやって、すぐに結果に飛び付こうとする姿勢は良くないよ。功を焦って身の丈以上のことをすれば、目が行き届かなくなって手が回らなくなるからね。まず初めに、足下から見直そうか。履物を揃えましょう」 

 観音院は、沓脱ぎ石の近くでハの字に転がった革靴を指差した。

 この野郎、俺をガキ扱いしやがって。

「お前は、俺の母親か」

「たしかに君より年上だけど、僕は男だから子供は産めないよ」

 論点は、そこじゃない。

「これは疑問じゃなくて反語だ」

「母親か、いや母親ではないってことか。なるほどねぇ。それはそうと、ちゃんと石の上に並べて置いてよ。あと、乱暴な言葉を使わないで欲しいな。そうそう。水回りも綺麗に使ってくれると助かるね」

「はいはい。仰せのままにいたしますよ、若旦那」

 織田は土間に散らばった革靴を掴み、沓脱ぎ石の上に揃えて置いた。

「よくできました。物も人も、安易に使い捨てしないで大事に扱わないとね。部下もないがしろにする人間は、家族を大事に出来ない。逆もまた然り」

 こいつ、俺について何か調べたんだな。

  *

「お幾らですか」

 袂からがま口を取り出す観音院。

「ふざけないでくれ。足りなかったのは三百万円だ。それで、目ぼしい家財道具には悉く赤い札が貼られたから、風呂敷一つで逃げ出すしかなかったんだ」 

「幽霊でも出たのかい」

「魔除けの御札じゃない。ケッ。俺は悪くない。全部、債務を隠蔽したままトンズラした会計士のせいだ」

「見る目の無さを棚に上げて他人を責めるような我利我利さんには、悪巧みする人間と泡銭しか寄りつかないよ」

「抹香臭いことを言うなよ。私悪すなわち公益だろう」

「一時的には、ね。だけど、いずれ蜂の巣は駆除される運命にあるよ」

「命あっての物種だろう。あの世に行ってから、あとに残された人間のことなんて知ったことか」

「そうやって二代目さんは慎重さを欠いた事業拡大を行なって、三代目くんは首が回らなくなったんじゃないか。駄目なところは真似せず、反面教師にしなきゃ」

「うるさい。これでも、出来る限りのことはやったつもりだ。労働時間や日数を短縮したり、希望退職者への再就職先を斡旋してやったりな。融資が通ってれば、倒産させずに済んだのによ。頭の固い女子行員のせいで、計画が狂っちまった」

「もともと無理がある計画だと思うけどな」

「やかましい。部外者に何が分かる」

 吐き捨てるように言った織田の言葉に反応し、観音院は振り返り、笑みを消して織田を見つめる。

「それ、本気で言ってるの」

 何か琴線に触れるようなことを言ってしまったか。

 豹変した観音院に、織田はたじろぎながら言い返す。

「だって、所詮は他人だろうが」

「織田くん。これは真面目な話だから、いい加減に答えないでね。いいかい。もし、ここで住み込みで働いて一から商いと家の在り方を学ぶ気があるのなら、今、君が抱えてる債務は全額肩代わりするし、当面の君と作楽ちゃんの衣食住も保障しようと思う。でも、君が僕とは理解し合えないと考えているなら、僕は君を赤の他人だと思って、手を差し伸べるのを止める。路頭に迷おうが、何しようが、一切の関心を示さない。発言を撤回するなら今のうちだよ。どうする」

 何だよ。俺に選択肢なんて、端から存在しないじゃないか。

 織田は寸時黙考したのち、きっぱりと述べる。

「先程は心にもない失礼なことを申し上げました。ここで働かせてください」

 織田が言い切った途端、観音院は微笑みを浮かべた。

 

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