#075「二日目」【竹美】
#075「二日目」【竹美】
「海の幸が欲しいわね」
「一応、蒲鉾と伊達巻は海産物よ」
「加工されて、姿が残ってないじゃない」
「贅沢を言わないの。ここは海から遠いんだから」
大皿に残った料理を、菜箸で一皿にまとめていく松子と竹美。
「鯛や鰤が食べたいとは言わないけど、昆布巻や煮蛤くらいあっても良いと思わない」
「それなら、バンドマンさんに頼んで、神奈川か千葉にでも移住することね」
まだ言ってる。でも、悪くない提案ね。海に面してる県なら、新鮮な魚介類が安く大量に手に入るんだろうなぁ。
「松竹梅の蒲鉾、寿の高野豆腐、栗金団、伊達巻、黒豆。この辺は、綺麗に無くなったけど」
「叩き牛蒡、紅白膾、筑前煮、慈姑。この辺は、ほとんど残ったわね」
「慈姑を食べたときの寿くんは、何とも形容しがたい渋い顔をしてたわね」
「もっと美味しいものだと思ってたんじゃないかしら。初めて食べたみたいだったし」
松子は菜箸を置き、大皿にラップをかぶせ、それを冷蔵庫へ入れようとするが、そのままでは入れられるスペースが無い。そこで松子は、一旦大皿をテーブルに置き、すでに冷蔵庫に入れてあるものを取り出したり、置きなおしたりし始める。
叔父さんの家では、おせち料理を作らなかったのかしら。まぁ、新聞社は、お正月もお盆も関係なく忙しいでしょうけど。
竹美が二膳の菜箸を洗い籠に漬けたとき、玄関チャイムが鳴る。
「誰かしら。ちょっと見てきてちょうだい」
「はぁい」
エプロンを椅子の背に掛け、竹美は玄関へ行く。
親戚が来るって話は聞いてないから、お隣さんかしらね。
*
予想はハズレ。玄関先に居たのは、寿くんのお友だちの安奈ちゃんと、目黒さんという年配の男の人だった。寿くんはお母さんと一緒に河川敷へ凧揚げに行ったと言うと、二人とも残念そうな顔をしたので、上がって待ってもらうことにした。
「誰だったの、竹美」
冷蔵庫の扉を閉め、松子は竹美に話しかける。
「安奈ちゃん。寿くんのお友だちよ。いま、お付きの人と一緒にリビングにあがってもらってるわ」
「そう。――それは何」
松子は竹美の手荷物を指した。竹美は、手に持っている風呂敷包みをテーブルに置くと、真結びを解き始める。
「新年のご挨拶にって。お口に合えば良いのですがって言ってたから、食べ物だと思うわ。――わぁ」
側面に螺鈿が施された漆塗りの箱の蓋を開けると、竹美は感嘆の声を漏らした。中には、車海老の艶煮、数の子、筋子など、海産物が詰めあわされている。
「ずいぶん豪華ね。ちょっとお裾分けにって気軽さでは無さそう。何か裏があるんじゃないでしょうね」
「疑り深いわね、お姉ちゃん。相手は小学生よ」
「近頃の小学生は、ませてるものよ。純粋そうな顔をして、お腹の中で何を考えてるか分かったものじゃないわ。何らかの便宜を図るよう要求するつもりかも」
「考えすぎよ。お正月ぐらい、仕事モードを切りなさいって。あと、声が大きい」
聞こえてたら、それこそ失礼じゃないの。ここは、とりあえず二階に居る小梅にも声を掛けておこう。指を黄色くしてる場合じゃないってね。




