#074「元日」【松子】
#074「元日」【松子】
「松姉ちゃん、これ、開けられる」
「どれどれ。ちょっと貸してみて」
松子は寿からフルーツゼリーを受け取った。
大柄な人間が多い鶴岡家とは正反対で、亀山家は小柄な人間が多い。大柄な恵子伯母さんは、同じく大柄な私に同情し、小柄なお母さんや竹美を羨ましがる。固く閉まったビンの蓋が開かないとか、高いところに手が届かないとか、非力をアピールすることで可愛がられる機会が無いからだという。
そんな伯母さんの意見に、私は同意しかねる。缶のプルトップだろうと、ペットボトルのスクリューキャップだろうと、スナック菓子の袋だろうと、自分一人で開けられるなら、それに越したこと無いのに。
松子は中身が飛び出ないよう慎重を期しつつ、ゆっくりとプラスチックカップの口に貼られたフィルムを開け、寿に手渡した。
「わぁ、開いた。ありがとう」
「松姉、私のもお願い。こっちも固いの」
「ついでに、私のも」
寿と入れ替わりで、竹美と小梅が松子にフルーツゼリーを渡す。
「はいはい。開けてあげるから、そこに置いておいてちょうだい」
輸送途中に中身が零れないようにという配慮なんだろうけど、開封するときのことも考えて欲しいわね。頼りにされるのは悪くないけど、こんなかたちで怪力をアピールしても、何のメリットにもならないわ。
*
「もしもし、松子です」
「アローハー。ハッピーニューイヤー、松子」
午後七時過ぎ、十九時間遅れで新年を迎えたハワイからの国際電話で、ご機嫌な声が聞こえてきた。電話口の向こうでは、年明けを寿ぐ陽気な歓声が溢れている。
「明けましておめでとうございます、お婆ちゃん。もの凄い盛り上がりですね」
「そりゃそうよ。さっきまで、カウントダウンしてたんだもの。ビュッフェでシェフの料理を堪能しながらディナーショーを楽しんだり、クルーザーに乗って海に上がる花火を見物したり、年に一度のイベントを大いに遊び倒してるの」
それは結構なことで。
「ところで、さっきから名前を呼ばれてるみたいですけど」
「あぁ、それはジョージよ。このツアーの現地ガイドをしてくれている学生さん。換わってあげようか」
咄嗟に絵本の小猿が浮かんだけど、きっと違うわね。
「いいえ、結構です。それで、他に用件は」
「硬いわね、松子は。まぁ、いまは特に無いわね。また何かあったら電話するわ。バーイ」
「ごきげんよう」
松子が受話器を置いたタイミングで、万里が玄関のほうから姿を現した。
「通話、終わったのね。そしたら、ちょっと、こっちに来てちょうだい。蜜柑の段ボール箱を逆さにして、底から開けて欲しいのよ」
この家に男手がないばかりに、力仕事はすべて私に集中する。正月休みくらい、誰かに代わって欲しいわ。




