#007「サックス」【竹美】
※あくまで命についての真面目な話です。
※R指定するほどではありませんが、PG12レベルだと思いますので、嫌悪感を覚えたかたは、読み進めずに#008へ移ることを推奨します。
#007「サックス」【竹美】
彼氏の家に行ったら、説教されて拒絶されてしまった。
常夜灯だけが青々と灯る公園のベンチに、竹美は一人で佇んでいた。
「メッセージを読んで、すっ飛んで来たわ。どうしたの、竹美。元気ないよ」
そう言いながら、大柄な女は竹美の横に座った。
「良いわね、風華は。何にも悩みが無さそうで」
「ははん。さては、永井先輩と喧嘩したのね。そんなことより、ゼミの課題に出たラベリング理論のレポートをどうするか考えようじゃないか」
風華は、はち切れんばかりの笑顔を竹美に向けたが、竹美の面持ちが暗いままなのを見て、視線を正面に戻した。
「オーケイ。そういう気分じゃないというわけね」
風華は、そっと竹美の肩に手を乗せた。
「私を呼び出したということは、何か話したいことがあるのでしょう。遠慮なく胸の内を打ち明けなさーい」
風華は胸を張り、拳で心臓の上あたりを軽く叩いてみせる。
「あのね、風華。サークルの練習が終わったあとのことなんだけど、……」
*
痩せ型で虚ろな目をした青年が、コーヒーメーカーからポットを外し、二つのカップに均等に、夜闇を溶かしたような液体を注いだ。
「異性の扱いに手慣れてるんですね、永井先輩」
テーブルの上に黒色のレジ袋を置き、中身を一つずつ出していく竹美。
「資産家の次男坊で、そこそこ女受けする顔をしてるからな。言い寄られた回数は、枚挙に暇がない」
永井と呼ばれた青年は、テーブルの端にコーヒーカップを置いた。
「言い寄られたら、こうして誰でも家に上げちゃうんですか、永井先輩」
それにしても、立派な邸宅にお住まいだこと。あれ。いつのまに。
竹美は小さな紙箱を手にして凝視したまま、しばらく固まってしまった。
「それが何か、知らない訳ではあるまい」
「永井先輩、何で」
「落ち着け。いいか、鶴岡。保健の授業だと思って真面目に聴いてくれ。性教育は恥ずかしいことでも汚ならしいことでもなく、ましてやタブー視すべきコンテンツでもない。メディアが垂れ流す偏った情報に囚われて、大事なものを喪ってはいけない。性交渉は医学的に正しい知識に基づき、対等関係にある両者の合意の上で、安全面に万全の配慮をし、金銭的取引を介さず行うに限る。命が関わることを軽蔑して、適当に扱ってはならない。強姦も売春も立派な犯罪であり、避妊は両性の義務だ」
違う。私が聞きたいのは、そんな話じゃない。
「今の話でムードがぶち壊しになったと思うなら、悪いけど帰ってくれ。ファニーなフレンズは作っても、パートナーを選ぶ気は皆目無いんだ」
竹美は握った拳を震わせながら、俯いて弱々しげに言葉を吐き出した。
「どうして。何で、そんなに壁を築くのよ」
「俺は代助だから、下手なアクションを起こして家名を傷つけず、大人しくしてなきゃいけないんだ。幻滅したか」
世間をなめてるとか、人生そんなに甘くないとか言っても、あの硝子の瞳に生気が宿ることはないし、心のドアは閉ざされたままだろう。だったら。
竹美は二つ並んでいるコーヒーカップの一つを手にすると、中身を永井のジーンズに引っかけた。
「あっつっ」
「永井先輩の馬鹿」
竹美は近くに置いてあったハンドバッグを乱暴に引っ掴むと、大股で部屋を出て行った。
何なのよ。人生に捨て鉢な癖して、偉そうに御託を並べちゃってさ。他人の命より、自分の命を大事にしなさいっての。