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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第一部
77/232

番外編⑤「カモン」【安奈】

※後半は、安奈が作楽と戯れてるあいだに、少し離れたところで交わされた会話です。


番外編⑤「カモン」【安奈】


 向こうから大きな風呂敷包みを持ってる親子が歩いてきたから、誰かと思っていたら。

「作楽ちゃん。どうしたの、それ」

 安奈が作楽のもとへ駆け寄って声を掛けると、作楽は一度、隣に居る口をへの字に曲げた若い男に視線を向けたあと、声を震わせながら答える。

「わからない。出かけるとき、パパに渡されたの」

 歩いていた観音院が安奈に追いつくと、目を細めて作楽に微笑みを投げかけたあと、そばに立っている男に挨拶をする。

「こんばんは。これから、どちらへ」

「フン。初対面の人間に言えるか」

 観音院はその場に中腰になり、作楽に向かって話しかける。

「どこへ行くか、僕たちに教えてくれないかな」 

「ごめんなさい。それも、わからないの」

「そっか。変なことを聞いて、ごめんね」

 観音院は腰を伸ばすと、安奈と視線を合わせると、片手で軽く耳朶をつまんだ。

 あぁ、あのミッションね。子供の前では話せないことがあるのか。

「作楽ちゃん、こっちへいらっしゃい」

「えっ、待って。そんなに早く走れない」

 安奈は作楽の手を掴み、そのまま作楽と一緒に、その場から小走りで離れる。

「こら、作楽」

「まぁまぁ、お嬢さんのことは、安奈に任せてください。それより、君に話したいことがあるんだ」

 追い掛けようとする男の行く手を遮り、観音院はやんわりとした口調で話しかけた。

  *

「五つ木瓜の木瓜紋の風呂敷包みを背負う父親と、四割菱の菱紋の風呂敷包みを持つ娘が、十二月末の雪の降る寒空の中を誰にも行く先も告げずに歩いてたら、誰だって何か訳があると思うよ。場違いな大荷物を持ってるけど、まさかハワイに行くとか何とか言うんじゃないでしょう」

 丹前の上に二重回しを羽織り、頭にソフト帽、手には蝙蝠傘を持った観音院は、風呂敷包みを背負ったままイライラと立ち往生する男に向かって、まるで世間話でもするような気軽さで話す。

「うるさいな。お前には関係ないことだろう」

「まったく無関係でもないよ。大晦日に気になる人物を放っておくと、年明けから寝覚めの悪い思いをしそうだからね。明日の夜、嫌な初夢を見たくないし」

「それは、お前の勝手だ。俺の知ったことじゃない」

「観音院安彦。僕にも、ちゃんと苗字と名前がある。君に織田という苗字があるようにね」

「何だと」

 風呂敷包みを背中から降ろし、男は仔細を検めた。

「その反応を見ると、当たってそうだね。呉服屋を営んでるものだから、家紋には詳しくて」

「チッ、鎌を掛けてただけか。あぁ、そうだよ。俺の名前は織田康成。織田鉄工所の三代目社長、だった者だ。作楽は亡くなった前妻とのあいだに出来た娘で、先週、実家に帰したほうの妻の名前は信恵。苗字は、……もう目敏く見抜いてんだろう、観音院」

「武田なんだね。作楽ちゃんと歩いてたのは、パパと一緒に行くと言って聞かなかったからなのかな」

「全部お見通しなんだな。腹が立つやら、恐ろしいやらだぜ」

 やれやれといった様子で、織田は肩を落とした。そんな落胆ぶりを見て、観音院は織田に一つの提案を持ちかける。

「ねぇ、織田くん。もし、どこにも行くあてが無いなら、観音院家においでよ。大掃除は済ませてあるし、お餅なら大量に搗いてあるし、お客さまとして歓迎するよ。作楽ちゃんと一緒に、あたたかく新年を迎えたいでしょう」

 含みのない笑みを浮かべる観音院に対して、織田は真意を測りかねながらも、提案に応じる。 

「背に腹は代えられないからな。それに、何の咎もない作楽を巻き込むのも可哀想だ。ありがたくお邪魔させてもらおう」

「決まりだね。それじゃあ悪いけど、あの二人を呼び戻してくれるかな。鉄工所の若大将と違って、どら声を張り上げようとしても、上ずって金切り声にしかならないんだ」

「あいよ。お安い御用で」

 織田は口元に両手を添えると、遠くに居る二人までハッキリ聞こえる大声で呼び寄せた。

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