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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第一部
76/232

番外編④「脛に生傷」【伊東】

番外編④「脛に生傷」【伊東】


 小雪が舞う午前二時過ぎ。幻想的な詩の一つでも浮かびそうなロマンチックな夜に、私は居酒屋で知り合った笑い上戸と梯子酒をしている。もう、三軒目以上であることは確実だ。お互い、肩をがっちりと支え合わねばならないほど泥酔してる上に、路面はところどころ凍結しているとあっては、真っ直ぐ歩けたものではない。

「ハハッ。地面が揺れてるぞ。これは、地震か」

 そう言うと、平時の二枚目を台無しにする締りのない赤ら顔で、渋木はその場にへたり込んでしまう。つられて伊東も、その場に尻餅をつく。

「ちょっと、渋木さん。ちゃんと歩いてくださいよ」

「駄目だよ。揺れが収まるまでは、その場にじっとしてなきゃ。あっ、そうだ。頭を守らなきゃ」

 片手で鞄を掴み、頭の上に乗せる渋木。伊東は、渋木を後ろから抱えて立ち上がらせ、鞄を掴んでないほうの腕を首の後ろから肩へと回し、再び歩き始める。伊東に支えられながら歩く渋木は、時折しゃっくりをしながら喋る。

「ひっく。それにしても、同い年だとは、偶然にしては出来すぎてるじゃありませんか。これはきっと、前世から結ばれる定めだったに違いないのでありますですよ。ひっく。不肖、わたくしは、そのように思うのであります」 

 鞄を小脇に抱え、海軍式に敬礼をする渋木。

 あらあら。呂律が回ってないどころか、謎の軍人格まで現れてきた。いよいよ、愉快な夜ね。何だか、歌いたくなってきたわ。

「尽くしすぎて重たい、なんて言わないで~。愛を調べに乗せて届けてるだけなのよ~」

「よっ。ファルセット、ビブラート付き」

 めれんな二人は、覚束ない足取りのまま、夜の街へ消えていった。

  *

 白を基調としたファンシーな部屋の中に、渋木と伊東の二人の姿がある。窓の外は、すっかり日が昇っている。

「昨夜は、すっかり酔い潰れてしまって、伊東さんに多大なるご迷惑をお掛けしました。申し訳ございません」

 フローリングに額を着け、そのままペッタンコになりそうなくらいの深さで平伏する渋木。それをベッドの縁に座って見下ろしていた伊東は、柔らかな口調で話しかける。

「頭を上げてください、渋木さん。私のほうこそ、久々に同級生にあったような気持ちで、ついつい調子に乗ってしまいました。ごめんなさい」

 上体を起こして正座している渋木に対し、伊東は心から謝意を述べた。

 普段は年下ばかりと付き合ってるから、明に暗にジェネレーションギャプを感じてたけど、昨夜は、一切そういう思いをしなかったのよね。意気投合した勢いで、色々余計なことを口走ってそう。

「あのっ。確認しますけど、何もしませんでしたよね」

 渋木がおずおずと述べると、伊東は思考を切り替えて答える。

「えぇ、おそらくは。ただ、なにぶん私も酔ってたので、確証はありませんけど」

「そうですよね」

 渋木は、しゅんと項垂れると、片手をこめかみにあて、しばらく眉根を寄せて瞑目したのち、意を決した様子で切り出した。

「万が一、ですよ。もしも、のことがあった場合。必ず、その責任を取りますから、ここに連絡してください」

 渋木は立ち上がり、ハンガーに掛けてあるジャケットから名刺を取り出すと、両手で恭しく伊東に渡した。受け取った伊東は、一瞬企み顔を浮かべたあと、渋木に提案を持ちかける。

「ねぇ、渋木さん。こうなったのも何かの縁でしょうから、仮定法を抜きにして大っぴらに付き合いませんか」

 渋木は、伊東の提案に驚いた表情を見せつつ、すぐに平生を取り戻して回答を返す。

「良いんですか。若い子が好みだと言ってたような気がしますけど」

 いやだ、そういうことまで喋ってたのね。

「記憶違いでしょう。それより、お返事は」

「オーケーですよ。付き合いましょう」

 伊東に向かい、片手を差し出す渋木。伊東は、立ち上がってその手を握り返す。

 ハチゴー同盟、締結。


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