番外編③「戦友同士」【吉川】
※女主人公のタグに反する、男同士の会話です。
番外編③「戦友同士」【吉川】
「何だ、山下か。サッカー部のエースが、練習を怠けていいのか。来年も、俺が勝っちまうぞ」
吉川は、隣に腰を下ろす山下に対して、おどけた口調で軽口を発した。山下は、手に持っている水筒のキャップを外して一口飲むと、吉川に向かって言い返す。
「勝手に言ってろ。いまは、れっきとした休憩タイムだ。吉川こそ、調子こいて昼寝してると亀に負けるぞ」
「俺は兎かよ。まぁ、スプリンター型だけどさ」
吉川は両手で太腿を軽く叩くと、その場で山下の周囲を兎跳びして回る。
「やめろ。腰や膝を痛めるし、第一、鬱陶しい」
はいはい、やめますよ。ノリが悪いな。
山下の制止を受け、吉川は動きを止め、先程とは反対側に腰を下ろす。そして、一面に層雲が覆う曇り空を眺めなつつ、飾らない口調で話し出す。
「はー。今年も、今日で練習が終わりだな。来年の春には、新しい後輩が入ってくるだろうし、トレーニングも本格化するんだろうな。楽しくなるぞ」
「呑気で良いよな、吉川は。勉強にしても、部活にしても、好成績を残さなきゃいけないってプレッシャーが無いんだもんな」
「鳶職の父ちゃんから、有能な鷹匠は生まれないもんだ。五体満足で元気なら、それに越したことはないぜ」
「俺の父さんも、それくらい気楽に捉えてくれれば良いのに。立派な親を持つと、子供は苦労する」
「ちゃらんぽらんな親でも、子供は苦労するけどな。小さいときは、もっと頼りになる人物が親だったら良かったのにって思ってたぜ。いい加減な子育てのせいで、何度か危ない目に遭ってるし」
「後遺症が残らない程度で、幼いうちから適当に危険に触れてたほうが、成長してから無茶なことをしなくなるらしいけどな。安全な場所に隔離しすぎると免疫が無い状態のままになってしまうから、大人になって社会に出るときに、何も抵抗できない」
待て待て。俺の理解力が、周回遅れに入ってる。
「山下、ストップ。話の後半から小難しくなったもんだから、内容が頭の右から左へと素通りしてしまってる」
「親の口出しが多くて、自分の好きに出来ないのが嫌だけど、それを面と向かって親に言えない自分は、もっと嫌になる」
そこまで言うと、山下は口を噤んで膝を抱え、顔を伏せた。
何か、腹のうちに抱えてるみたいだな。
*
「何だ。終業式の日に教室で話し込んでたのは、吉川の彼女じゃなかったのか」
「違う違う。俺は、松本一筋だ。鶴岡は、あくまで相談に乗ってもらってただけ」
山下の疑問に、吉川は両手を顔の前で左右に振って否定した。山下はホッと安堵の笑みを浮かべ、小声で呟く。
「そうか。なら、良いんだ」
ん。何か言ったみたいだけど、風が強くて掻き消されたな。でも、聞き直せる空気じゃないし、誤解が解けて納得したみたいだから、まっ、いいか。




