番外編②「幼馴染み」【英里】
番外編②「幼馴染み」【英里】
「いいから、ママは下に行ってて。必要なら、自分で取りに行くから」
そういうと、英里はドアの向こうで何か言う声を無視してバタリと閉めた。
はー。何で買い物帰りのママと鉢合わせしちゃうかな。そのせいで、吉川くんを家に上げる破目になっちゃったし。あーあ。戦利品は、一人で読みたかったに。
「松本の母ちゃんの熱烈歓迎姿勢は、昔から一緒だな」
*
「カラーボックスが増えたくらいで、机もベッドも、小学生のときと変わらないな。なぁ、松本。英里ちゃん。エリリン」
全体的にパステル調でまとめられた子供部屋を眺めながら、吉川は回転椅子に前後逆向きに座り、背凭れに組んだ腕と顎を乗せた状態で、ローテーブルに堆く積んだ漫画を読み耽っている英里に声を掛けた。
もう。今、良いところだから話しかけないでよね。あと、幼稚園の頃のアダ名で呼ぶな。
「うるさい、キョンシー。退屈なら、そこに入れてある小説を読んでなさいよ」
「えー。俺、読み始めて三行目で睡魔に襲われるタイプなんだけど」
いつも国語の時間は、ぐっすり寝てるもんね。
「そこにあるのは、教科書に載ってるような文学作品と違うわよ。騙されたと思って、試しに一冊、手に取ってごらん。邪魔するなら、帰らせるわよ」
「はいはい。仰せのままに」
吉川は、おもむろにカラーボックスへと手を伸ばし、そこに並んでいるライトノベルを一冊引き出してページを開いた。選んだ文庫本の背には、「昨日の旅行」というタイトルが印字されている。
*
ふぅ、面白かった。あら。吉川くんは、まだ読み耽ってる。
英里は読み終わった漫画を脇に置いて立ち上がると、吉川の背後から手に持っている小説のページを覗き込んだ。
「三行で寝るんじゃなかったの」
「おわっ。急に話しかけるなよ。今、ちょうど盛り上がってるところなんだからさ」
さっきと立場が逆転してるわね。
「でも、もう外は真っ暗よ。それに、もう少ししたらパパが帰ってくるんじゃないかしら」
日が暮れるのに気付かないままの作品世界にめり込んでしまうなんて、よっぽど気に入ったのね。
「えっ、あっ、もうそんな時間かよ。合気道の師範に一本取られるのは御免蒙りたいから、そろそろ帰らないとな」
吉川は回転椅子から降り、忘れ物が無いか確かめるように部屋を見回した。
口では、そう言いながら、目線はページから離れようとしてないわね。未練がましいんだから。……仕方ない。
英里は、漫画の下敷きになっている青いレジ袋を引き抜き、机の上にある文庫本を入れると、それを吉川に向かって突き出した。
「お正月になったら、うちにも挨拶に来るでしょう。そのときまで貸してあげるから」
吉川は袋を受け取ると、パッと表情を輝かせる。
「いいのか。やったね。それじゃあ、正月まで借りとくから。よいお年を」
そう言い残し、さっさと部屋を飛び出していく吉川。あとから、慌しく階段を降りていく足音が聞こえてくる。
何だかんだで、いつも吉川くんのペースに乗せられて、甘やかしてしまうのよね。まっ、それが悪いわけじゃ無いんだけど。でも、何となく悔しいのよね。




