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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第一部
73/232

番外編①「恋人未満」【風華】

番外編①「恋人未満」【風華】


 アルコールが身体の芯に残ったボンヤリした頭で目覚めたとき、私の目には天井を歩く中原先輩の姿が飛び込んできた。

 風華は、ベッドの端で喉を見せつけるように首を仰け反らせて周囲を眺めていたが、やがて腕を支えにして上体を起こした。

「起きたか、笠置。先に言っておくが、未遂だからな」

 釘を刺されなくても、疑わないって。

「チキンハートな先輩が、私を襲うとは思ってませんよ。ところで、何で、私は、ここに。というか、ここは、どこ」

 ハードケースに入ったベースや、ハンガーラックに吊るされたマフラーや、窓辺に干してあるハット、それから壁に掛けられたトートバッグなどをキョロキョロと見渡しながら、笠置は中原に説明を求めた。

「本当に忘れたのか、笠置。思い出せる範囲で、五人揃ってからの昨日の行動を言ってみろ」

「えーっと」

 笠置は目線を蛍光灯に向けながら、前日のことを振り返る。

「たしか、入場してすぐのイベント広場で、チュー太郎たちが飲み物を配ってるのが見えたから、面白そうだと思ってワーッと駆け寄って、それから、勧められるまま調子に乗って飲みすぎて、長一さんと三人で先に帰ることにして、それで、あぁ、どうしたんでしたっけ」

 何があってここへ辿り着いたのか、さっぱり覚えてない。忘却の彼方、遥か深遠なる小宇宙に呑み込まれてしまってるわ。

 虚空を睨んだままフリーズしてる風華に呆れ、中原は大きく息を吐いてから説明に取りかかった。

「割と早い段階で記憶が飛んでるんだな。しょうがない。一から説明してやる。まず、ここは、俺が借りてるワンルームだ。かごめ市一二一八番、シャートー森宮三〇五号室。降りたら分かるけど、マンション一階はテナントで、南側のエントランスを出て通りへ回ると、東側がオーナーの息子が経営するなおきメンタルクリニック、西側が雀荘、北側が英会話教室になってる。駅から市役所までの道すがらにあるから、見覚えがあるんじゃないかな」

 ということは、ここは雑居ビルが建ち並んでる辺りか。たしかに、何度か通り過ぎてる可能性がありそう。

「次に、どうしてここに笠置を連れて来たかというと、俺以上に酔っ払って何度住所や最寄り駅を聞いても、まともな答えを返さなかったからだ。あと、少しは恥を知れ。家に上げた途端、肌着一枚になる奴があるか。あの光景を目の当たりにして、一気に酔いが冷めた」

 あちゃー。自宅と勘違いして、いつもの癖が出てしまったか。

 苛立たしげに言い放った中原の言葉を受け、風華は俯き、肌着の上に着ているスウェットを軽く指でつまんでみる。

「これ、メンズですよね」

「ルームウェアだからな。それに変な話だけど、俺用の女物は、笠置には小さすぎる」 

「わぁ。ホントに変な話ですね。――だいたい状況が飲み込めたので話を変えますけど、あれは何ですか」

 風華は、ローテーブルの上に置かれている少女マンガを指差した。その単行本の背表紙には、「お嬢さまは探偵ですの」という赤い活字が躍り、ページには何枚か付箋が貼られている。

「あぁ、あれか。そこに書かれてるフェニックスななって作者に、発売記念インタビューに行くことになったんだ。それで、取材前の下調べをしてるところ。読んだことあるか、笠置」

 何だ。ついに少女趣味に目覚めたのかと思ったのに。  

「いいえ。でも、タイトルに聞き覚えがあります。たしか、竹美が」

 風華が何か言いかけたとき、コンロに載せた笛吹きケトルが鳴り、中原は火を止めて片手に持つと、ローテーブルの上にある蓋を開けたカップ麺に熱湯を注ぎ始める。

「あいにく、今朝はこの焼きそば一つしか無いんだ。ボリュームは通常の倍だから、昼までの虫養いくらいにはなるだろう。ハットが無事なら、何か買いに行けたんだけどな」

 中原窓のほうを見ながら、やや恨めしそうな口調で言った。

 何でハットを洗う破目に陥ったのか気になるけど、きっと私の失態が原因なんだろうな。

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