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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第一部
72/232

#071「よいお年を」【竹美】

#071「よいお年を」【竹美】


「おおみそか、おおつごもり」

「樋口一葉は、五千円札」

「変な合いの手を入れないでよ、お姉ちゃん」

「何よ。冷気が差し込む中でお寒いポエムを呟く前に、予防線を張っただけじゃない」

 誰がポエマーよ。私を、どこかのベーシストと一緒にしないで欲しいわ。

 バンダナとマスク、それからエプロンを装着し、化学雑巾を片手に、竹美と松子は、カーテンレールや家具などに積もった埃を拭き取っている。

「何でこんな年の瀬に、大掃除をする習慣が根付いたのかしらね。春先や秋口なら、身を切る思いをしなくていいのに」

「冠婚葬祭と一緒で、節目が大切なのよ。玄関に注連縄や門松を飾って、年神様を迎える準備をする必要があるかどうかまでは疑問だけど、家が汚いまま年を越したら、何となくすっきりしないじゃない」

「それって、気持ちの問題じゃなくて」

「まぁ、極論を言えば、そうだけど。でも、こういう一種の慣習があったほうが、定期的に掃除をする口実になって良いでしょう。いいから、口じゃなくて手を動かしなさい」

 出たわ、お姉ちゃんの決まり文句。それを言われたら、もう何も言えないじゃないの。

  *

「あー。今年の源平歌合戦は、西軍が勝ったのか」

 ソファーにごろりと横になりながら、竹美はリモコンを操作し、チャンネルを切り替えた。そこへ松子がやってきて、竹美の上半身を反対側のアームに向かって押しのけ、空いたところへ素早く腰を下ろす。

「うー。お母さんは」

「蕎麦の丼を片付けたあと、二階へ上がって行ったわ。もう、寝るんじゃないかしら。――これ、何チャンネル」

「十チャンネル。シーエムが明けたら『決して笑っちゃダメ、丸一日』になるわ」

「そう。今回は、どういうテーマなの」

 竹美は腕を伸ばし、ローテーブルに放置されていた蜜柑の皮をゴミ箱に捨て、その下にあった新聞を引き寄せて、松子の問い掛けに答える。

「テレビ欄によれば、いつもの五人が学校の生徒になって、個性的な教職員やらピーティーエーやらに翻弄されるのが筋書きみたい」 

「へー。一周回って、オーソドックスなのに戻ったのね」

 もう、ネタが出尽くしたからじゃないかしら。あっ、シーエムが終わった。

 画面の向こうでは、詰襟姿の五人のお笑い芸人が視聴覚室に集められ、神妙な面持ちでブイティーアールを見ていたが、突然スクリーンに映し出された人物の珍奇な言動に、三人の芸人が吹き出してしまう。

 なるほど。今回も、そういうパターンがあるのね。

「この程度のレベルで笑えるのは、渋木くんくらいね。彼が出演すれば、お尻に青痣が出来るくらい叩かれること請け合いよ」

「ふーん。そんなにゲラなの、その人」

「特定のワードに弱いの。得意先の担当がエセックス大学を出たという話で、一人で悶絶してたわ」

 禁句が多そうな職場ね。……それにしても。お約束やパロディーばっかりで、今ひとつ新鮮さに欠けるなぁ。もう、寝ようかしら。

 ヒートアップする番組と反比例に、竹美と松子は、ほぼ同じタイミングで欠伸を噛み殺す。

「物置の不用品は、今年も片付けられないままになったわね」

 退屈に任せて竹美がぼそりと呟くと、松子も同じような気だるげな調子で呟き返す。

「仕方ないわよ。あの一画は、富士の樹海より混沌としてるもの。一度踏み入れたら、際限なく迷ってしまうわ」

 我が家の物置は、青木ヶ原か。私がこの家を出るまでに、片付けられると良いんだけど。


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