#070「食欲の冬」【小梅】
#070「食欲の冬」【小梅】
「これは間違いなく、冬太りの兆候よね」
バスタオル一枚で体重計に乗りながら、小梅は針の先が指し示す数字を睨みつけていた。
寿くんが来てから、お隣さんからの頂き物とお裾分けの回数と量が、露骨に増加したもんなぁ。おそらく、食べ物で釣ろうとしてるに違いない。だって、老夫婦二人暮らしで、あんな大量の料理を余らせるはずないもの。
「まっ。それに乗っかって、これ幸いと食べ過ぎる私も私なんだけどね」
体重計から降りてパジャマを着たあと、小梅は片手で脇腹を軽くつまみ、眉間に皺を寄せて沈思黙考した。
冬眠に向けて貯えられ始めた皮下脂肪が、ついに腹部に到達したようだ、って私は熊か。
一人、心の中でノリツッコミしていると、そこへ背後から竹美が声を掛ける。
「何をぶつくさ言ってるのよ。あとが閊えるから、早く入っちゃってよ」
「ふん。胸に貯える人間に言われたくないわ」
竹美に向かってそう吐き捨てると、小梅はバタバタと折り戸を開け閉めし、浴室へと逃げていった。竹美は、小梅に怒鳴り返す。
「成長期なんだから、ちょっとくらい太ったって心配する必要無いわよ。体重が増えた腹いせを、私にぶつけないでちょうだい」
やれやれ。こうなったら、何としてでも体型をキープしなくては。誰かに体脂肪をお裾分け出来たら良いのに。
*
年の瀬が迫り、窓の外から消防団や子供会や敬老サークルの人たちが、入れ替わり立ち代り、火の用心や戸締りを注意して回っている声がする。
焼き肉用調味料のシーエムを真似てるのは、どこの子供だろう。
湯上り、濡れた髪をタオルで拭いつつ、小梅が宮殿風の工場や、つり目の乳牛のマスコットキャラクターを頭に浮かべながらキッチンへ向かうと、キッチンのほうから寿がトットットと駆けてくる。
「今日はね。安奈ちゃんのお家に行って、お餅をいっぱい搗いて来たんだよ、梅姉ちゃん」
「へぇ。それは良かったわね、寿くん。杵、重くなかった」
少なくとも寿くんは、そんな不謹慎な真似をしそうにないわね。
小梅が寿の純粋さに心を洗われていると、寿の後ろから、玉杓子を片手に根菜を煮込んでいる万里が補足する。
「目黒さんや赤城さんと一緒に搗いたのよ。それから、搗いたお餅は粗熱を取ったあと、手の平の大きさに丸めたのよね、寿くん」
「そう。それでね。五つくらいは、きな粉餅やあんこ餅にして安奈ちゃんのお家で食べたんだけど、食べ切れなかったのを、ちょっとだけ持って帰ってきたんだ。下駄箱の近くに置いてあったでしょう」
「あー、言われてみれば、何かあったわね」
ということは、玄関脇に置いてあったのは、大量の丸餅なのか。ちょっと搗きすぎじゃないかしら。
「風呂敷をお借りして、包める分だけ包んで頂いて来たの。これでも、一年がかりでも食べ切れない量を渡されそうになったのを、何とか遠慮したのよ」
これとは別に、親戚からお歳暮も頂いてるのよね。年に一度しか食べる機会がないご馳走を前にして、痩せ我慢するのは耐え難い。ダイエットは、年明けからにしよう。……うぅ。我ながら、誘惑に弱い。




