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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第一部
70/232

#069「後輩は見た」【秋子】

#069「後輩は見た」【秋子】


 下駄箱からパンプスを出して店の外へ行こうとしたら、木札を探す途中で、バッグの中にポーチが無いことに気付いたので、慌てて引き返したんです。そしたら、そこには坂口さんと先輩が二人だけで残っていたんですけど、何やら良さそうなムードだったので、お邪魔しちゃ悪いと思って、咄嗟に物陰に隠れちゃったんです。

 店員から不審な目で見られてることに気が付かぬまま、秋子はビアサーバーやグラス類が乗った台車の影に隠れ、こそこそと松子と坂口の様子を窺っている。 

「バックパックからはみ出てるのを大慌てで隠そうとするものだから、てっきり卑猥な本かと思えば。ごくごく一般的な結婚情報誌じゃありませんか」

 松子は、ところどころに付箋が貼られた雑誌を両手に持ち、ブーケを持ったセクシーな女性が艶美に微笑んでいる表紙を坂口に向けた。

 わっ、しっかり読み込んでありますね。きっと先輩を喜ばせようと思って、あれこれプランを練ったんでしょうね。坂口さんは、几帳面な人みたいです。

 坂口は、頬を指で引っ掻きながら、苦笑いしながら松子に応じる。

「こういうのを参考にしてると知ったら、松子さんは嫌がるんじゃないかと思いまして」

 松子は雑誌を近くの椅子に置くと、坂口の答えに反論を始める。

「これくらいのことで、嫌いになることありませんよ。ただ、あんまり参考にならなかったんじゃありませんか。こういうのは、秋子ちゃんみたいな可愛い子向けに書かれてるものでしょう。三十路手前で、年上で、女らしさの欠片もない私みたいなタイプは、むぐっ」

 松子が喋り続けるのを、坂口は片手で口を覆って遮り、瞳の奥まで射抜くような真剣な眼差しで見据え、穏やかな口調で慎重に言葉を紡ぎ始める。 

「セルフハンディキャップは、そこまで。俺にとっては、松子さんは充分、女の子らしく、とても可愛らしいと思ってます。だから、卑下するのは、金輪際やめてください。良いですね」 

 坂口の質問に、松子は首を縦に振って答える。

 おやっ、強引に止めましたね。まぁ、そうでもしないと、先輩はどこまでも自虐していきますからね。ナイスファイトです、坂口さん。

「その雑誌を見られてしまった以上、そういう意志が無いとは思わないでしょうから、今の俺の率直な気持ちを伝えておきますね。本当は、クリスマスイブに言うつもりだったんですけど」

 これは、もしかしなくても、重大発表ですね。

 坂口は一呼吸置くと、口を覆っていた手を退け、はっきりと松子に告げる。

「松子さん。こんな場所ですし、お互い、仕事用の服装ですし、こういうときに渡す定番の品も、まだ用意できてません。でも、松子さんのことを思う気持ちは、誰にも負けない自信があります。だから、お願いです。……俺と結婚してください」

 坂口の告白を受け、松子は口を開こうとする。しかし、坂口は再度片手で口を覆ってそれを遮り、はにかんだような表情で続きを言う。

「よく考えて、返事は、年明けに聞かせてください」

 松子は、しばし静止したのち、再び首を縦に振って答えた。すると、坂口は松子の口から手を退け、両手を広げる。松子は、そのまま坂口の胸に飛び込み、二人はしばし抱き合う。

 きゃー。刺激が強すぎます。眩しすぎて、直視できません。

 秋子が赤面しながら両手で目を覆っていると、その頭上から店員が声を掛ける。

「さーせん。台車、動かしたいんで、退いてもらっていいっすか」

「あっ、はい。ごめんなさい」

 いけない。ここは居酒屋でしたね。早く席に置き去りにしたポーチを持って、お店から速やかに退散しましょう。


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