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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第一部
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#068「八番卓」【坂口】

#068「八番卓」【坂口】


 社会の歯車として勤めに出ている限りは、気が進まずとも避けられない付き合いというものが生じるもので。だから今回のことも、どうしてもこうなる宿命だったのだろう。

 坂口はオードブルセットをつつきながら、隣と向かいに座っている男女の会話を聞くともなしに聞いている。

「私に釣り合う男は、なかなか居ないものね」

 髪をシニヨンに結った女は、ワイングラスを片手に、まるで場末のバーにでも居るような調子で、赤ら顔をしてしみじみと語った。それに反応して、若白髪が目立つオールバックの男は、昼のお悩み電話相談番組の司会者のような口調で、やや下卑た笑みを湛えながら言った。

「この前、教頭から、お見合い話を持ちかけられてなかったかい」

 その話は、触れないほうが良いのに。

 男の質問に、女は大きな溜め息を一つ漏らしてから答えた。

「えぇ。でも、お相手は蟷螂みたいな顔をしたナヨナヨした男で。何となく場の流れでお庭を見て回ることになったんですけど、人目がなくなった途端に、急に手を握られて。しかも、生ぬるい汗ばんだ手だったものだから、気持ち悪くって。とても合いそうに無かったから、翌日にはきっぱりお断りの意志をお伝えしたの。やっぱり、出会いは恋愛よ。それに限る」

 そう言うと、女は赤ワインを飲み干した。

「恋愛にこだわるのは結構だけどね、伊東くん。君、今年で三十二歳でしょう」

 男が尚も不躾な質問を重ねると、女は吹っ切れた様子で断言した。

「そうですよ、草津さん。三十二歳。あと、六ヶ月」

 たしかに地球上には男性が三十五億五千万人ほど居るけど、女性はそれ以上に居る。完全に一夫一妻なら、男女ペアにならないのは女性だけだ。 

 坂口が山椒とレモンが振られたサーモンを食べていると、暖簾を隔てた隣の席から、数日前に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

  *

「どうして、坂口さんが、ここに」

 松子の質問に、坂口は片手で頭を掻きながら答える。

「いやぁ、教員仲間で飲み会をしてましてね」

 坂口が松子と立ち話をしていると、それに気付いた草津が、座ったまま上体を左へ傾け、坂口の後ろから松子の姿を確かめると、二人に向かって声を掛ける。

「へぇ、坂口くんのお相手は、ちょっときつめのサバサバ系キャリアウーマンか。趣味が変わったんだな。前は、思わず守ってあげたくなるような小動物系の清楚な子がタイプだって言ってたじゃないか」

 ちょっと、草津さん。こんなときに、そんな昔話を曝露しないでくださいよ。

 坂口は草津のほうに首を反らして答え、次いで松子に草津を紹介する。

「いつの話ですか。教員になったばかりの頃ですよね、それ。――こちらは、職場の同僚で、四年二組の担任をしてる草津数馬先生」

「はじめまして。鶴岡松子です」

 松子は草津と視線を合わせ、お辞儀をした。草津も、座ったまま軽く頷き返す。

「そうそう。それで、普段は大人しいのにベッドの上では大胆になるようなギャップがあれば尚良いとか何とか言ってたのよ、松子ちゃん」

 草津の目線の先を追い、伊東は草津の発言に便乗した。坂口は首を反らして伊東に言い返したあと、松子に伊東を紹介する。

 根も葉もないことを、さも尤もらしく語らないでくださいよ。信じたらどうするんですか。

「伊東さん。変な尾鰭を付けないでください。――こっちは、音楽科担当の伊東静香先生」

「はじめまして」

 松子は、伊東にもお辞儀をする。坂口は、松子に質問を続ける。

「それより。松子さんこそ、どうして、ここに」

「私も同じようなものよ。銀行の同僚数人で、忘年会。明日から休みなものだから」

「はぁ、なるほど。松子さんのほうも、今日が仕事納めだったんですね」

「えぇ、そうなんです」

 こんな形で松子さんに再会するとは、夢にも思わなかったな。やっぱり松子さんは、俺の運命の人なんだ。目を凝らしても、小指の先に赤い糸は見えないけど。


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