#067「七番卓」【松子】
#067「七番卓」【松子】
三万円当たったと喜んでいる人間に、これまで買った累計枚数は百枚以下かと聞いてはいけない。真面目にこつこつ働いても生涯得られないであろう大金を手にすることを夢見ることは、買う側の自由である。そして、その欲望につけ込んで儲けることもまた、売る側の自由である。
「連番とバラで買ったから、確実に一枚は当たるぜ。それ以上は、運次第だけどな」
渋木がビールジョッキを片手に持ち、頬を赤らめながら機嫌良く話すと、松子は冷静に指摘をする。
「いつもハズレを掴まされてるくせに。懲りないわね、渋木くん」
「おいおい、松子女史。宴の席で、酒が不味くなるようなことを言わないでくれたまえ」
徳田はお猪口を乾しながら、松子に言った。
十二月二十八日。世間では多くの企業が、この日を仕事納めにしている。零細企業や、年中無休サービスを売りにしている業界は違うだろうけど、そうでない企業は、だいたいこの日を境に休みに入る。体質が古い企業ほど、こういう昭和の慣行が根強く残っている。そして、そのあとに忘年会という名の飲み会を開く慣行もまた、根強く残っているのである。修善寺行きで義理は果たしたから欠席したいと言ったのに、なし崩し的に参加させられてしまった。
「直りましたよ、先輩」
秋子は、松子に千鳥格子のベストを渡した。
「ありがとう、秋子ちゃん」
松子は、それを小さく畳むと、鞄の中に入れた。
制服のボタン外れてかけてるのに気付くし、ポーチにはソーイングセットがあるし、やっぱり私と秋子ちゃんとは方向性が違うわ。
松子がお造りの盛り合わせに箸を伸ばしていると、暖簾を隔てた隣の席から、数日前に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
*
「松子さんのほうも、今日が仕事納めだったんですね」
「えぇ、そうなんです」
松子が坂口と立ち話をしていると、それに気付いた渋木が、座ったまま上体をそらし、松子の後ろから声を掛けた。
「その男は誰なんだ、鶴岡」
松子は渋木のほうに首を反らして答え、次いで坂口に渋木を紹介する。
「今、私とお付き合いしてるかたよ、渋木くん。――この人は、同僚の渋木潤也くん」
「坂口吾朗です。どうぞ、よろしく」
坂口は渋木と目線を合わせ、頭を下げた。渋木も、座ったまま軽く会釈を返す。
「へぇ、坂口くんね。奇特な人もいるものだね。しかも、なかなかの好青年じゃないか。どんな弱みを握ってるんだ、松子女史」
渋木が会釈をする視線の先を追い、徳田は松子に無遠慮な質問した。松子は首を反らして課長に言い返したあと、坂口に徳田を紹介する。
「失礼ですね。向こうから交際を申し込まれたんです。――こちらは、課長の徳田等さん」
「どうぞ、よろしく」
今度は徳田に頭を下げた坂口。
「これも何かの縁です。暖簾一枚で隔ててないで、一緒に飲みませんか。ところで、そちらのお嬢さんは」
暖簾を横に分け、秋子のほうを指差しつつ、坂口が立っている側のテーブルの男が松子に質問した。
「ふえっ」
秋子は驚いて取り乱し、持っていた割り箸を床に落としてしまう。
まさか自分に質問が飛んでくると思わなかったのね。
「彼女は、高峰秋子ちゃん。今年入ったばかりのフレッシャーです」
「良いわね、若い子は。そこに居るだけで、華やぐわ。こっちへいらっしゃい。お姉さんとガールズトークしましょう」
もう片方の暖簾を横に分け、坂口が立っている側のテーブルの女が、秋子に向かって手招きする。
それにしても、こんなところで坂口さんに会うなんて思わなかったな。




