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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第一部
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#066「出来すぎ」【万里】

#066「出来すぎ」【万里】


 末恐ろしいとは、こういうことを言うのだろう。

 万里が、終業式のあと、民族大移動のような大荷物で帰ってきた寿から荷物を預かり、「よくできる」と「がんばろう」が互い違いに並んだ通知表や、出来上がったカステラが美味しそうだと思いましたという素朴で微笑ましい結論で締めくくられている添削済みの読書感想文を読みながら、そろそろおやつの時間だと思っていると、計ったようなタイミングで玄関のチャイムが鳴った。

 玄関先に居たのは、いつものように安奈ちゃんで、その手には、例によって小学生が持ってくるには高級すぎるお菓子を持っていたのよね。だから、今日のおやつは、赤坂の老舗名店の和菓子。食べ終わったあと、この漆塗りの箱は何に使おうかしら。たしかこれも、宮内庁御用達なのよね。

 万里がキッチンで緑茶を淹れていると、勝手口から擦りガラスをノックする音が聞こえてきた。

「あの黒いシルエットは、きっと」

 万里が勝手口を開けると、目黒がファンシーな手提げ袋を持って立っていた。

「すみません。いつものように車内で待機していようと思ったのですが、こちらの二点について、率直な意見をお聞かせ願いたくなったものですから」

 そう言うと、目黒は持っている手提げ袋からクリアファイルを取り出し、万里に手渡した。

「あら、何かしら。まぁ、そんな狭いところに立ってないで、上がってください」

 万里はクリアファイルを受け取ると、目黒の手を引いてを招き入れようとした。目黒は靴を脱ぎ、ポーチの端に揃えて置くと、遠慮がちに部屋へ上がった。 

「では、失礼いたします。――おや、お茶の準備の真っ最中でしたか。冷めると渋くなりますから、これは私が持って行きましょう。万里さまは、そのまま読み進めてください」

 目黒は手際良く急須と湯呑み、それからお菓子鉢をお盆に載せると、リビングのほうへ持って行こうとした。

「あっ、すみません。それじゃあ、お願いします」

「お任せください」

 足音も立てず、目黒はリビングへと向かっていった。

  *

 一点は「よくできる」だけが燦然と並んだ通知表で、もう一点は切れ味鋭い読書感想文だった。「白ゆきひめをよんで」という凡庸なタイトルを裏切る尖った論調に対し、添削した坂口さんのコメントには、苦悩の痕が滲み出ている。

「私も白雪になりたいという純粋な憧れが来るかと思ったら、冷静な分析がなされているものだから、戸惑っちゃったのね」 

 紙の束をめくりながら、万里は失笑を漏らした。

 自力で悪を倒し、理想の王子を探し出す、アクティブな安奈王女は、見た目の美しさは段々衰えていくことを知らない継母を愚かだと感じ、可愛らしいからといって白雪の勝手を許してしまう小人たちを浅はかだと思い、言いつけを守らない上に同じ失敗をする白雪の学習能力の無さに呆れ、死んだ白雪に恋をして口づけまでしてした王子を嗤う。

 自分の意見をしっかり持っていることは良いことなんだろうけど、これから先、不用意に他人の恨みを買わないか心配だわ。中学生くらいで、仲間外れにされなきゃ良いけど。

 万里が安奈の先行きを案じていると、目黒がリビングから戻ってきた。

「読めましたでしょうか」

「えぇ。とっても興味深い内容ですね。ところで、寿くんと安奈ちゃんは、向こうで何をしてましたか」

「お嬢さまが、サンタクロースは居るが、訪問する家は非常に限定されているという持論を展開していました」

 本当。とても七歳の女の子だとは思えない。 


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