#063「夜もすがら」【松子】
#063「夜もすがら」【松子】
結局、私が選んだプレゼントは今治のスポーツタオルで、坂口さんから贈られたプレゼントは入浴剤の詰め合わせだった。買った店の紙袋そのままで渡した私とは違い、坂口さんのほうはリポンや包装紙で綺麗にラッピングされていた。
坂口の住むアパートは一人暮らしには一般的なワンルームで、玄関からキッチンとユニットバスのあいだを抜けると、部屋の真ん中にローテーブルがあり、右手にロフトベッドが、左手にテレビとカラーボックスがあり、奥はベランダに出られるようになっている。コートや手荷物はエス字フックに引っ掛け、ベッドサイドの柵に吊るしてある。
しかも、中身もマカロンやアイスキャンディーのような見た目で大変に可愛らしいとあっては、女子として負けた気がした。もとより、勝つ気は無いのだけれど。
「これからいっそう寒くなってくるし、平日でもしっかり湯船に浸かることにしようかしら」
松子がほうじ茶を啜りながら、所在無く正面のテレビを見るともなく見て独りごちていると、坂口がフライドチキン、コーンサラダ、コールスローなどを載せたお盆を持って現れ、湯呑みを退け、それをテーブルに置いた。
「せっかく上等なシャンパンを買ってきていただいたのに、料理のほうが出来合いのもので申し訳ないです。いかんせん手料理を振舞おうにも、コンロは一口ですし、調理スペースも無いものですから。あっ、食後にはチョコレートのケーキがありますよ」
坂口は松子に向かって説明しながら、グラスを二つ、自分の手前に並べると、キャップシールを剥がし、指で栓を押さえながら針金を緩めていく。
チリ産だから、シャンパンじゃなくてスパークリングワインなんだけど、細かい話は、ここですべきじゃないわね。
「私だって、葡萄畑を耕したわけじゃありませんよ。出来合いでしょう」
「ははは。それは一理あります、ねっ。……よーし、綺麗に抜けた」
坂口はボトルを斜めに持ち、栓を押さえながら瓶底を回してコルクを外すと、グラスに注ぎ始めた。
今夜は飲みすぎず、飲ませすぎないようにしなくっちゃ。へべれけになったら、坂口さんはロフトを上がれなくなっちゃう。
*
セットでついて来た絵皿の使い道を考えたり、クリスマス特番のバラエティーを頭を空にして視聴したりしながら、ひとしきり料理に舌鼓を打ったあと、いよいよ映画鑑賞に移った。坂口さんがレンタルした映画は、クリスマスに因み「素晴らしき哉、人生!」と「三十四丁目の奇蹟」の二本。どちらも捨て難いというので、寝不足を覚悟で二本とも観ることにした。きっと旧作半額だから二枚借りてきたんだろうなとか、二着目千円に惹かれて、必要なくても、もう一着買って千円損した上で箪笥の肥やしを増やすタイプなんだろうなとか、ムードに合わないことが浮かんだのは、坂口さんには内緒。再生すると、どちらも、さよならおじさんの名画解説から始まった。大いに笑って泣ける爽やかなものだったというのが、観終わった私と坂口さんに共通する感想。
ディスクをプレイヤーから取り出してケースに戻しながら、スマートフォンで時間を確認する坂口。
「うわっ。もう、こんな時間か。明日、というか今日か。月曜日ですけど、銀行は何時から始業ですか。――あれ、松子さん」
今からタクシーを呼んで帰ったとしても、ゆっくり寝られそうにない時間ね。ちょっと意地悪だけど、このあいだの貸しを返してもらおうっと。
松子は坂口が振り返る前に目を瞑ると、そのまま狸寝入りした。
「起きてください。クッション一枚では、身体の節々が痛くなりますよ、松子さん」
坂口は、松子の肩を軽く揺すって起こそうとするが、松子は眠ったふりを続ける。
ふふっ。きっと、眉をハの字にして困った表情をしてるんだろうな、坂口さん。
「無理矢理叩き起こすのは忍びないし、朝まで、ここに泊めるあげよう。いいか、坂口吾朗。あくまで、これは緊急事態による臨時処置てあるからして、変な下心を働かせてはならないのだぞ。……よーし。まずはテーブルを撤去して横になれる空間を作ろう。それから、毛布と敷きパッドを降ろして寝かせよう。うん、そうしよう」
グラスを片付け、テーブルを引っくり返して脚を畳む坂口。
あらあら、本能を理性で諭し始めたか。どこまでも誠実な人なのね、坂口さんは。




