#059「買い物迷宮」【松子】
#059「買い物迷宮」【松子】
花など食べられないから贈られても困るという女の本心は、それより早く給料3ヶ月分の指輪を寄越せ、だろう
市内の国道沿いにある大型ショッピングモールで、松子と万里が買い物をしている。松子は苦々しい表情を浮かべて不機嫌で、万里はショーウィンドウに飾られた商品に目移りしつつ、終始ご機嫌である。
「あのチェックのスカートなんて、どうかしら。二割引きよ」
店頭でハンガーラックに吊るされて並べられている洋服群を指差す万里。
「お母さん。今日は服を見に来たわけじゃないのよ。予定外の出費は、一切許さないから」
「固いわね。そんなカチコチにならないで、融通利かせなさいよ」
「とにかく。買うべきものを買うまでは、我慢してちょうだい」
「もう。ちょっとくらい良いじゃない。ケチケチしないの。消費は美徳よ」
今は、節約が美徳よ。まったく。これじゃあ、どっちが親だか分からないわ。
「ところで、寿くんは何が欲しいってお願いしてたのよ。手紙には何て書いてあったの」
「新しいクレヨンが欲しいそうよ。お絵描きしてるときに確かめたんだけど、ピンクとグレー以外は、だいぶ短くなってたわ」
「それじゃあ、文房具か画材を扱ってるところね」
松子は立ち止まり、鞄からフロアガイドを取り出し、行く先の目星をつける。万里も、その場に留まる。
可愛らしいお願いだこと。いつも使ってる十二色入りは五百円程度だろうし、二十四色入りでも千円前後だろう。遠慮したのかしら。ここぞとばかりに高いものをねだる誰かさんたちにも、見習って欲しい姿勢だわ。爪の垢を煎じて飲ませてやろう。
「ここはファッションと小物のエリアだから、一旦戻って、生活雑貨のエリアに移らないと駄目ね。北ブースに移動しましょう」
歩き出そうとした松子に、万里がくたびれた様子で声を掛ける。
「ねぇ、松子。もう、二時過ぎよ。どこかでお茶しましょうよ。喉が渇いたわ」
まだ、ここへ来て三十分も経ってないのに。さっきまでのはしゃぎっぷりは、どこへやったんだか。しょうがないな。
松子はフロアガイドを裏向け、飲食店のリストを眺める。
「ここから一番近いのは、スターボックスカフェね。こっちよ」
「ちょっと。もっとゆっくり歩きなさいよ、松子」
足早に歩き出す松子と、それについていく万里。
空いてれば店内で座れば良いし、席が無ければテイクアウトしても良い。広めの通路には、休憩用のベンチがあちこちに配置されてることもある。どこかで休めるだろう。そのあいだに、どこで贈り物と飲み物を買うか検討しよう。もたもたしてると、余計な出費が嵩んでしまう。そうでなくても、年末年始は物入りな時期なのだ。ここは、最短ルートで攻略しなくては。




