#057「にたもの」【小梅】
#057「にたもの」【小梅】
どうしたものかしら、あれ。
「ただいま。リビングで何を観てるの、寿くん。かなり食い入ってる様子だけど」
椅子に鞄を置き、冷蔵庫へ向かいながら、小梅は、小皿と玉杓子を持って煮汁の味見をしている万里に声を掛けた。
「おかえり。『胡麻通りの動物たち』よ」
「あぁ、英会話番組ね。あれも、長寿番組よね」
冷蔵庫から作り置きの麦茶を出す小梅。
「待って、小梅。それ、まだ作ったばかりだから」
「そう。それじゃあ、先にお風呂に入ってこようかな」
麦茶をドアポケットに戻し、鞄を持ち二階へ向かう小梅。その小梅に、万里は後ろから声を掛ける。
「お風呂なら、さっき竹美と寿くんが入ったばっかりよ。今日は柚子湯だから、すぐには上がってこないんじゃないかしら」
そうか。今日は冬至なのか。それじゃあ、荷物を置いて、着替えだけ済ませて降りてこよう。
「ふーん。ところで、鍋の中身は南瓜なのかしら」
「そうよ、ご名答。あとは挽き肉を加えて煮込めれば、完成よ」
それなら、あと数分で出来上がるわね。作戦を考えるのは、食べ終わってからにしよう。
*
放課後、人気の疎らになった中庭には、制服姿でベンチに座る小梅と、その傍でユニフォーム姿で立ったままの吉川の姿があった。
おおかた見当は付いてるんだけど、一応、言わなきゃ始まらないわよね。
「何なの、吉川くん。英里ちゃんのことで相談って。寒いから、手短だと助かるわ」
「うーん、大したことじゃ無いんだけどさ。いや、俺にとっては重大なことなんだけども。えーっと」
いつもと違い、歯切れの悪い調子で話す吉川。
珍しく奥歯に物が挟まったような感じね。よっぽど言い出しにくいことなのかしら。
「もうすぐ、クリスマスだろう。だから、その、何か特別な思い出を作りたいと思ってさ。それで、知恵を貸してくれるとありがたいんだけど」
主語が無いわね。傍で聞いてる他人からしたら、私と吉川くんの仲を勘違いしてしまいそうだわ。ここは、私が補完しておかなくちゃ。
「要するに、吉川くんは英里ちゃんとクリスマスを過ごしたいけど、どう誘って良いか分からないから、私にアドバイスが欲しいってことなのね」
「そう、それ。虫のいい話だとは思うけどさ、協力してくれよ。頼む」
そう言うと、吉川は小梅の正面に回り、両手の平を合わせて頭上に掲げ、深々とお辞儀をした。
吉川くんは、本当に英里ちゃんのことが好きで好きで堪らないのね。仕方ない。ここは友人として、一肌脱いでキューピッドになってあげましょう。
「わかったから、手を戻して、頭を上げてちょうだい」
小梅に言われたとおり、両手を下ろし、直立姿勢に戻る吉川。
「それじゃあ、考えてくれるんだな」
「えぇ。この土日で、何か作戦を練ってくるから、終業式の日は、いつもより早めに教室に来てちょうだい」
「ありがとう、鶴岡。それじゃあ、お願いな」
パッと表情を輝かせ、吉川はグラウンドへと走って行く。吉川を見送ったあと、小梅はベンチで一人、盛大な溜め息を吐く。
英里ちゃんに鉛の矢が刺さってなければ良いんだけど。




