#056「緩衝材」【万里】
#056「緩衝材」【万里】
どうしようかしら、これ。
「ただいま。リビングで、寿くんは何を観てるの。ずいぶん熱心だけど」
椅子に鞄を置き、冷蔵庫へ向かいながら、松子は、俎板に南瓜を載せたまま、包丁を片手に考え込んでいる万里に声を掛けた。
「おかえり。『ママと共に』よ」
万里は包丁を俎板に置き、松子のほうへ近付いた。
「あぁ、親子向け教育番組ね。長寿番組よね、あれ」
冷蔵庫から作り置きの麦茶を出す松子。
「歌のお姉さんや体操のお兄さんは、何度も入れ替わってるわよ。松子のときは、ひろみお姉さんとけんたお兄さんだったでしょう。――私の分も」
食器棚を開け、グラスを二つ出す万里。
「そうそう。たしか、虎と兎と猿のキャラクターがいたような。――あっ、もう空だわ」
二つのグラスに麦茶を注ぎ切り、蓋を開けて片目で中を覗く松子。
「そうだったわね。今は、猫と羊と狼よ。――あとで私が作っておくわ」
「現実には仲良く出来そうにない動物をチョイスするところは、変わってないわね。――ところで、さっきから気になってたんだけど、その南瓜をどうするつもりなの」
南瓜を指差し、万里に質問する松子。
「良い質問ね。冬至だから、スーパーで特売だったのよ。それで、買って来たまでは良いんだけど、皮が硬くって」
万里が上目遣いで松子を見つめると、松子は溜息を吐いて包丁を手に取り、俎板の前に向かった。
「はいはい。何等分すれば良いの」
「悪いわね。とりあえず、四等分してちょうだい」
*
「これで良いわね」
そう宣言すると、松子は包丁を俎板の上に置いた。傍には、一口大に切られた南瓜がボウルに入れられ、ごろごろと積み上げられている。
「ありがとう。頼りになるわね、松子」
力仕事は、松子に任せるのが一番ね。
「それじゃあ、私は部屋に上がるから」
鞄を持ち二階へ向かう松子を、万里は後ろから呼び止める。
「待って、松子。最近、坂口さんとは、どうなの。何か進展は」
松子は歩みを止めて振り向き、淡々とした口調で述べる。
「一日に送られてくるメールの本数が、需給均衡してきたわ」
「そういうことじゃないの。そのメッセージの内容を教えなさいってことよ。ビジネスでも、小松菜は大事でしょう」
「それを言うなら、ホウレンソウよ」
「どっちでも良いわよ。ねぇ、どうなのよ、そこのところは」
「業務連絡。二十四日の仕事終わりに坂口さんの家に行きます。その場でプレゼント交換と映画鑑賞をするので、祝日で休みの明日に、贈り物と飲み物を買いに行きます。以上」
まぁ。そこまで進展していながら、報告も相談もよこさないなんて、水臭いじゃないの。これだから松子は。
「そういうことは、もっと前に言いなさい。私が聞かなかったら、一人で買いに行くつもりだったでしょう」
「だって、お母さん。言ったら、一緒に買いに行くっていうじゃない」
「良いじゃない、別に。何が不満なのよ」
二人が言い争っていると、寿があいだに分け入る。
「喧嘩は駄目だよ。余計にお腹が空いちゃうんだから」
小学生に言われちゃ、面目ないわね。大人気ない諍いは、ひとまず、この辺で止めにしましょう。
「ここは寿くんに免じて休戦協定を結びましょう、狼さん」
松子に交渉を持ちかける万里。松子は、寸時考えたあと、万里に答えを返す。
「そうね。仲良ししなきゃ駄目ね、猫さん」
「よくできました」
寿は二人の顔から険悪さが薄らいだのを見て、満足気にこっくり頷いた。
さて。南瓜を鍋に移して、お醤油と味醂を用意しなくっちゃ。会談と条約締結は、お夕食のあとに持ち越しね。




