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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第一部
56/232

#055「雨だれ」【松子】

#055「雨だれ」【松子】


 晴れた日に傘を貸し、雨の日に回収する仕事だからか、傘が無いのに雷雨が降ってきた。景気に左右され難い業界とはいえ、浮き沈みはある。こじれた羨望を、お門違いの嫉妬にしないでほしいものだ。

「朝は綺麗に晴れてたのに、急に降ってきましたね」

「本当ね。でも、この降りかたなら、小一時間もすれば止むわ」

 秋子と松子は、喫茶店のボックス席に斜向かいに座りながら、雨粒が吹き付けるステンドグラスの向こうを眺めつつ、帰るタイミングを計っている。テーブルには、ミルクティーとブラックコーヒーのカップが並び、パタパタと回るシーリングファンの隙間からは、微かにショパンの前奏曲が漏れている。

 さて。喫茶店に引っ張ってきたのは良いものの、こういうとき、どういう話をしたら良いのかしら。経済情勢や社会問題について語るのは変だし、さりとて流行や芸能話には疎い。こんなとき、フランクに話せるトピックの一つでも仕入れておくべきだったわ。

 コーヒーカップを片手に持ち、その黒々とした液面を眺めながら思案する松子。

「あのっ。私、気を遣わせちゃってますよね」

「えっ」 

 ティーカップを両手で抱えながら、俯きがちに口火を切った秋子。松子は、不意を突かれたといった表情で秋子のほうを見た。

「先輩は優しいですし、頼りになりますし、何でもそつなくこなせるタイプですから、ついつい、お言葉に甘えてしまって。この前だって、写真のことで弁護してもらっちゃいましたし。本当、申し訳ないです」

「ちょっと待って、秋子ちゃん。別に、気を遣ってなんかいないわよ。私が勝手に世話を焼いてるだけよ。むしろ、仕事が終わってるのに付き合わせて悪いと思ってるくらいよ」

 松子と秋子のあいだに、再び気まずい沈黙が流れる。

  *

 バブル絶頂期、文字が達筆なら楽勝とか、早口言葉が言えたら受かると言われた商社や金融機関。面接用に万単位の往復交通費が支給されたり、合格後に海外旅行へ連れて行かれたりといった伝説は、真偽のほどはさておき、山ほど流布している。でも、セカンドバッグにショルダーホンの成金は、束の間の泡が弾けたあと、チーズと一緒にどこかへ消えた。その後の就職氷河期では、叔父さんは苦労させられたそうだ。

 松子が会計を済ませて店の外に出ると、秋子が待っていた。

「ごちそうさまでした。いつも、すみません」

 秋子は身体の前で両手にハンドバッグを持ち、深々と頭を下げた。

「気にしないで。これも、順番が回ってきただけだから」

「順番、ですか」

「そう。秋子ちゃんも後輩が出来れば、そのうち分かるようになるわ」

「そうでしょうか。とても先輩みたいに、立派な人物になれないと思うんですけど」

「そんなこと無いわよ。今はミスが多くても、真面目で直向きに努力し続ければ、そのうち同じようなミスをしなくなってくるものよ。私だって、入行当初は秋子ちゃん以上に凡ミスを連発してたものよ」

「えっ、そうなんですか。とても信じられないです」

「機会があれば、渋木くんに聞いてみなさい。一緒に叱られたものだったから。まっ、彼は今でも当時と変わらない気もするけど」

 松子の発言に、秋子は片手を口元に添えて笑みを溢しながら答える。

「うふふ。今度、聞いてみますね」

「ええ。きっと、面白おかしく脚色して伝えてくれると思うわ」

 雨が止んで、秋子ちゃんの心のもやもやも晴れたようで良かった。


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