#051「箱入り」【松子】
#051「箱入り」【松子】
電子情報を紙媒体で残す慣行には、ペーパーレス社会やリデュース運動とは何だったのかと問い詰めたくなる。これなら、初めから手書きしてるのと大差ない。
松子は、底をガムテープでエイチ字に貼り止めた段ボール箱を台車に載せ、エー四のコピー用紙をパンパンに挟んだファイルを詰め込んでいる。
「先輩、何してるんですか。私で良かったら手伝いますよ」
湯呑みを載せたお盆を自分の机に置くと、秋子はスチール棚の前に立つ松子に近付いた。
「ありがとう。でも、力仕事だから」
答えつつ、手を動かし続ける松子。
こういうときに限って、課長と課長代理はヒアリングに出掛けてるのよね。まるで図ったかのよう。もしかすると、謀られたのかも。
「ここにあるファイルを詰め込むんですね。それくらい出来ますよ」
棚に差してあるファイルを両手で挟み、手前に抜き取ろうとする秋子。
「待って、秋子ちゃん」
「ひゃっ」
「えっ」
突然、短く悲鳴を上げる秋子に、松子は制止する動きを止め、声を掛ける。
「どうしたの、秋子ちゃん。大丈夫」
「うぅ。紙の端で切っちゃいました」
しばらく手をギュッと握って押さえたあと、秋子は松子に手を開いて見せた。
ぎっくり腰に注意と言おうと思ったけど、その前に軍手をするように言うべきだったわね。幸い、傷は小さいし、深くも無さそう。
「水で流してらっしゃい。ここは私一人で平気だから」
松子は作業を再開し、秋子は給湯室へ逆戻りする。
「お力になれなくて、申し訳ないです。――ばい菌が入らないように、早く絆創膏を貼らなくちゃ」
ずいぶん華奢で繊細な造りだこと。よっぽど大事にされてきたのね。
*
誰も見ないだろう参考資料や議事録を倉庫に仕舞って戻ってくると、先に会議から戻ってきていた課長に手招きされた。秋子ちゃんと課長代理の姿は見えない。
「棚を空けてくれたんだね、ご苦労さん」
「渋木くんは、一緒ではないんですね」
「あぁ、彼なら秋子ちゃんと窓口のほうへ行ったよ。それより、これを見てくれないか」
徳田はクリアファイルから写真を取り出して机の上に置き、松子に向かって差し出した。
修善寺旅行のときの写真ね。秋子ちゃんが、本店の専務さんと談笑してるスナップショットだわ。
「これが、何か問題でも」
松子が正直な感想を述べると、徳田は我が意を得たりといった表情をした。
「と、思うだろう。僕も、そう思うんだけどね。親御さんとしては、嫁入り前の娘にいかがわしい真似をさせるなって言うんだ。まったく、頭が古臭くて敵わんよ」
そう言うと、徳田は片手を目線の高さまで挙げ、ひらひらと動かした。
ご両親が厳しい人なのよね、秋子ちゃん。過保護で過干渉な環境に晒されて、いまだ自転車すら乗れないんだっけ。十六歳の夏に単車の免許を取って、新聞配達と宅配のアルバイトで地道に稼いでた私とは大違いね。親にとっては従順で大人しい良い子かもしれないけど、自分の意見を言えない、自分の好きに出来ないようじゃ、これから先、色々と苦労するんじゃないかしら。他人のことを言えた口じゃないけれど、何だか先行きが心配だわ。




