#050「巡回」【小梅】
#050「巡回」【小梅】
十二月に入ると、テレビは長時間の年末特番ばかりになる。かくいう今も、年忘れ演芸特番の真っ最中。
「えー、毎度馬鹿馬鹿しい小噺を一つ。こう寒くなりますと、人間を誘き寄せて自堕落にしてしまう魔物が現れますな。四ッ足で、春から秋は大人しくしてるのですが、冬になると長い尻尾と翼を出し、赤い炎を吐き、テリトリーに踏み込んだものを骨抜きにしてしまう恐ろしい化け物でございます。それは何かと申しますと、龍の子供、すなわち、炬燵でございます。おあとがよろしいようで」
最近ちょくちょく見るわね、この落語家。
「青葉亭芳丸、か。聞いたこと無いわね」
「ビジネス誌と情報番組ばかり見てるからよ、お姉ちゃん」
「何よ。竹美こそ、バラエティーや音楽番組ばっかり見てないで、経済誌に目を通しなさい。インターンシップが始まったんでしょう」
「家に居るときくらい、仕事のことを忘れさせてよ」
松子と竹美がテレビそっち退けで討論している横で、寿は万里に疑問を訊ねる。
「ねぇ、今の話、どこか可笑しかったの」
「あら、寿くんには難しかったかしら。リュウのことを、タツとも言うの。だから、タツの子供で、コタツなのよ」
「ふーん。それで」
「それだけよ。うーん、あんまり面白く無かったかしら」
ギャグやパロディーの解説ほど、つまらないものは無いと思うわ。
小梅が心の中でツッコミを入れていると、窓の外から、微かに笛吹きケトルのような音が聞こえてくる。
*
ほくほくと焼き芋を買って家に戻ってきたら、二人の姉は、まだ討論を続けていたの。このまま朝まで批判し合うつもりかしら。
「ミスの連続と予期せぬトラブルで、長一さんや永井先輩ともども叱られ、凹んでるのよ。長一さんからは、ドンマイと励まされたけど」
「社会人としての洗礼を受けたわけね。良いこと、竹美。人間は反省文や始末書の枚数だけ強くなるの」
「涙の数じゃなくて」
「ジェーポップから離れなさい」
バンドマンさんのことは、苗字で呼んでるままなのね。距離を感じるけど、いまさら名前で呼べないか。
竹美と松子が侃々諤々と議論を戦わせているのをよそに、寿は万里に別の疑問を投げかけていた。
「それで、そのあと、討ち入りをした四十七士は、どうなったの」
「たしか、綱吉の命令で、途中で居なくなった一人を除いて、あとは全員、切腹したはずよ」
「えっ。何で」
「幕府としては、復讐の連鎖を止めたかったんだと思うわ。うーん、納得いかないかしら」
今度は忠臣蔵か。ベートーベンの第九合唱と並んで、年末の定番ね。外に出てるあいだに予告編が流れたんでしょうね、きっと。
小梅が内心で推理を働かせていると、窓の外から、雪山讃歌をアレンジしたメロディーが流れてきた。
あっ、玄関先にポリタンクを置いとくのを忘れてた。いい加減、電気かガスのヒーターに切り替えれば良いのに。いつまで、石油ストーブを使う気なんだろう。通路の先まで持っていくのは、寒いし、面倒臭いのになぁ。
※冒頭に登場した落語家は、『東京シェア・ハウス』の芋洗坂芳郎です。




