#049「酔いどれ」【永井】
※女主人公のタグに反する、男同士の会話です。
※群像劇なので、例外として捉えてくだされば幸いです。
#049「酔いどれ」【永井】
案の定というか、何というか。俺が竹美とコンビニから帰ってきた頃には、ジローは、すっかり出来上がっていた。
「村雲の切れ間より、射し込みし一筋の銀糸。照らされし君の横顔。かのビーナスも蒼白き焔を」
「はいはい、ストップ。酔い覚ましに、一緒にベランダへ行こうな」
永井は、うっとりとした眼つきで耽美な詩を呟く中原を後ろから脇の下に腕を通して持ち上げると、そのままズルズルとリビングのほうへ引き摺っていった。
*
「メンソールには、成長ホルモンを抑制する作用があるようだな」
「そんな効果は無い。それに、最近は入ってないほうを選ぶようにしてる」
中原は懐から煙草の紙箱を取り出し、永井のほうへ向ける。
「そうか。それで、リュースケ。大学を辞めて、今は何をしてるんだ」
「こういう者です」
中原は紙箱を懐にしまい、反対側から名刺入れを取り出し、一枚抜き取って渡した。名刺を受け取り、書かれた文字を検める永井。
「かごめ新聞社か。記者になったんだな」
「まだまだ、駆け出しだけどな」
「俺は、まだスタートしてもいない。入社式には出たけどさ」
「親父さんのところか」
「あぁ。そこ以外に、この俺を採用してくれる企業は無かった」
「良いじゃないか。甘い汁を吸っとけよ。それで、俺にも還元してくれ」
「図々しいな」
「人間、誰しも欲深いものでさ。まぁ、コネも実力のうちだ」
「俺は、そうは思えないけど」
「そうか。まっ、そういう話は置いておくとして」
両手幅ほどの箱を脇に置く動作をはさみ、話を続ける中原。
「入院中の編集長の命で、先輩と特ダネを追ってたらさ、その途中で聞き流せない情報を耳にしたんだ。ほら、この家の斜向かいに、スキップできない強制イベントを発生させるおばさんがいるだろう」
「あぁ、小林さんか。早く孫の顔が見たいのに、息子に女っ気が無くてやきもきしてるとか、何とか、よく世話話を吹っかけて通行人を足止めさせるおばさんだな」
そういえば、この前、切り分けた梨をもらったんだった。タッパーを返さないとな。
「そうそう、その小林さんの話なんだけどさ。……ちょっと、耳を貸せ」
「もう、貸してる」
「そうじゃなくて、しゃがめって意味。ここから先は、大きな声じゃ言えないんだ」
「そこに、ちょうど三段の脚立がある」
永井は、ベランダの隅を指差した。
「教えないぞ」
「わかった、わかった。これで満足か」
その場にしゃがみ込み、片耳を中原に向ける永井。
「最後の一言が余計だ。実は最近、この家の近くをうろついてる不審な女が居るっていうんだ」
「ほー。誰なんだ、そいつは」
哀しいかな、心当たりが多すぎる。
「気になるだろう。だから、ここ1週間ほど張り込んでみたんだ。夜討ち朝駆け」
「記者の名刺が無ければ、とっくに通報されてるところだな」
「まぁな。そしたら、その女が見覚えのある人物でさ。覚えてるか、ジロー。大学に入って間もない頃、俺たちに付きまとってたストーカー」
「あぁ、かまってハムスターか」
なるほど。あいつか。
「そうそう。どうやら今回の狙いは、お前だけらしい。用心しろよ」
「わかった。気をつける」
「あと、彼女たちに飛び火しないように目を配ってやれよ。特に」
リビングのほうを向き、竹美を指差す中原。
「鶴岡か。善処しよう」
「最善を尽くせ、集めた金を無駄遣いするエセ国会議員め。いいか。ジローには、彼女を守る義務があるんだぞ」
「彼女も居ないくせに言ってくれるな、リュースケ。もし、果たせなかったら」
「彼氏失格。鶴岡は手に入らず、ジローはハムスターの餌食になる」
嫌な未来予想図だな。
「そのバッドエンドだけは避けたいな」
「なら、頑張れよ。やれば出来る子なんだから」
やれば出来ると思ってる時点で、本気を出しても大したこと無いものだけどな。まぁ、やれるだけのことをやって、天命を待とう。




