#044「祭りの後」【英里】
#044「祭りの後」【英里】
文化祭は、無事終了。ただ、つつがなく、とは行かなかったのよね。
放課後の教室で、小梅、英里、吉川の三人は、今日一日のことを振り返って駄弁を弄している。
「受付で子供に泣かれたそうじゃないか。潰れたあんまんのお化けが出た、とでも思ったんだろうな。妖怪、へちゃむくれ」
自分でも痩せれば美人だと思うんだけど、思春期の食欲は、なかなか歯止めが効かないものなのよ。だから、言い返させてもらうわ。
「誰がブサイクよ、この月面男」
「俺のニキビ痕は、クレーターなのかよ」
それほど土台は悪くないと思うんだけど、いかんせん性格が三枚目だから、口を開くと台無しになる。でも、気さくで話しやすいのは良いところ。
「そういえば吉川くん、振り付けを間違えたわよね」
小梅が、吉川に話しかけた。吉川は、その場に手をついて平伏する。
「へへっ。弘法も筆を誤ります。平に、平にご容赦を」
「謝っちゃった。英里ちゃんをブサイク呼ばわりするから、ちょっと反省してもらおうと思っただけなのに」
眉をハの字にして戸惑いを顕わにする小梅。
「えぇい、面を上げい」
「はっ」
英里の低音ボイスに反応し、素早く顔を上げる吉川。
「即興で時代劇が出来るあたりが、二人の付き合いの長さを示してるわね。お互いのことをよく知ってなきゃ、そんなこと出来ないもの」
感心する小梅に対して、吉川は、したり顔をする。
「そうなんだよな。何てったって、同じ釜の飯を食べて育った仲だからな。育つベクトルは、だいぶ違ったみたいだけど」
不躾な視線を英里の腹部に注ぐ吉川。
「まだ言うか、この独活の大木」
英里は座ったまま足を伸ばし、向かいに立つ吉川の弁慶の泣き所を蹴る。
「イッテーな。タッパは、有るに越したことないってのに」
二人の掛け合いを受け、小梅は口元を手で押さえ、くすくすと忍び笑いを漏らした。
「やや受け、だな。それなら、ここで渾身の一発ギャグを」
「誰も望んでないから、やめなさい」
鉄板のネタが色々あるのは知ってるけど、大半は身体を張った下品なものだからアウトってことで。
他愛もない話で談笑していると、スピーカーから、放送部長の大橋による下校案内放送が流れる。音質は悪く、ノイズ交じりのまま。
「絶対下校、十分前になりました。校内に残っている生徒は、速やかに下校の準備をしましょう」
吉川は時計を確認し、英里は窓のほうを向く。
「あっ。もう、そんな時間か」
「本当。すっかり外が茜色に染まってるわ」
「話に夢中になってて、気付かなかったわね。早く帰りましょう」
三人はめいめいに荷物を持つと、窓を閉めて回る。
少しは痩せる努力をしようかしら。少なくとも、冬太りしないように頑張ろう。……明日から。




