#043「奪い合い」【秋子】
#043「奪い合い」【秋子】
人間、賭け事に没頭すると身を持ち崩すものです。良識のある大人なら、ギャンブルに手を出しませんし、立場のある人間なら、節度を守って楽しむことを心得ているものです。
「確変が出たから、これは行けると思ったんだけどな。はい、残念賞のバランスカロリー」
「ありがとうございます、渋木課長代理」
秋子は、渋木が紙袋から出した小箱を受け取ると、ファンシーなペン立ての横に置いた。
これは一箱で四百キロカロリーほどありますから、食べ過ぎ注意です。
「この前は競馬で、今度はパチンコですか。裏目も押さえとけば良かったって言ってたのは、どこの誰でしょうね」
呆れたものだといった口調で、松子が渋木に話しかける。
「あっ。そういうことを言う可愛げのない人間には、景品をやらないから」
渋木は、取り出した小箱を紙袋に戻した。
先輩は、渋木課長代理に対して、いつも辛辣です。
「いりませんよ。二十五を過ぎて、間食は控えるようにしてますから」
「痩せにくくなったか。それじゃあ、こいつは身体に毒だな。でも、そういう悪いものほど、魅力的なんだぜ。ほーれ、ほれほれ」
渋木は紙袋から小箱を出し、角を二本の指でつまんで松子の顔の前にぶらつかせる。松子は顔を背け、蚊や蠅でも振り払うように手を動かす。
でも、課長代理側の行動にも、いささか問題がありそうです。
「悪魔の囁きには乗りません。くだらないことをしてないで、席に戻ってください。遊んでる暇は、ありませんよ」
「そんなに根を詰めるなよ。張り切ったままの弦は、ささいな衝撃ですぐに切れるし、伸ばしたままのゴムは、弾力を失って弛んでしまうぜ」
言ってることは正論なんでしょうけど、直前の行いのせいで、どこか詭弁に聞こえてしまいます。
「緩みっぱなしの人間に言われても、説得力に欠けます」
「別に構わないだろう。外回りで、アポとアポとの半端な隙間時間を有効活用してるんだ。ちゃんと契約を取ってきてるんだから、過程を気にするな」
結果にコミットすれば良いのでしょうか。
ドサッと紙袋を置き、どっかりと自席に座る渋木。
「増殖する金融派生商品、少子高齢化と人口減少社会の到来。限られたパイを巡り、年々激しさを増す顧客獲得競争」
重ねて並べたパンフレットに、店名が入った判子を押す作業の手を止めないまま、ブツブツと文句を言う松子。秋子はブロッターに吸い取り紙を挟み、押された印鑑の上で動かしていく。
ねずみ算式に地に満ち過ぎた人間は、これから先、どうなるのかしら。




