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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第一部
36/232

#035「お嬢さん」【小梅】

#035「お嬢さん」【小梅】


「松本が走れって言うなら、俺はスコットランドからヨークシャーまでだって走るぜ」

「あの名犬はメスよ。それにラフコリーっていうより、セントバーナードって感じじゃない」

 ザーザーと秋雨が降りしきる中、吉川と英里が例によって即興の掛け合い漫才を繰り広げる最中で、小梅は電卓を左に置き、帳簿と領収書の数字が合うか確かめている。

 アルプスを逞しく駆けるのか、あるいはルーベンスの絵の前で昇天するのか。どちらにしても、舞台はイギリスでは無いわね。

「おいおい。もっとスマートで、走るのが速そうな犬種にしてくれよ。ジャーマンシェパードとか、ドーベルマンとかさ」

「図々しいわね。土佐犬って言いたいところを、五十歩譲ってセントバーナードにしてるのに」

「せめて、あと五十歩譲ってくれ。じゃないと、パグかブルドックって呼ぶぞ」

「そこは、ポメラニアンにしなさい」

 五十歩百歩。よくもポンポンと犬種が思い浮かぶものだわ。

  *

「あぁ、やっと部活に戻ったか、ダックスフントめ」

 窓の外の晴れ上がった空を見ながら、英里は頬杖をついて言った。

 私が簿記の確認をしてるあいだに、ずいぶん足が短くなったものね。

「急な大雨だったわね。すぐに帰らなくて正解だったかも」

「言えてる。もし、すぐに帰ってたら、家に着く前にずぶ濡れになってたパターンだわ、これ」

「きっと、そうね。でも、屋外で活動する運動部は可哀想ね。卓球部やバドミントン部は体育館だから良いけれど」

「あら。外に居たのは運動部だけじゃないと思うわ。ほら、吹奏楽部だって、水に濡れても平気な金管楽器だったら、音楽室で練習してないでしょう」

「あっ、そういえば」

 雨上がりの教室の外では、リップスラーやタンギングを練習する金管楽器奏者たちによる、種々雑多な音色が反響している。

 楽器は濡れても良いにしても、演奏者まで一緒に濡れて良いものかしら。

「ところで、さっきの二人の漫才を聞いてて思ったんだけど」

「漫才じゃないわよ」

「ツッコミありがとう。二人とも、犬の種類について詳しいのね」

「小学生のとき、自由研究として二人で一緒に調べたことがあるのよ。どういうイヌが飼い易いかとか、どういう目的で品種改良されてきたかとか、図鑑や百科事典を参考にしながら、やっつけ半分にまとめたの」

「へぇ」

 まぁ、仲のよろしいことで。

 温かい目をして見つめる小梅に、英里は居心地悪そうに早口で続ける。

「お互い、夏休みが終わるギリギリまで宿題に手を付けないタイプだったからよ。苦肉の策」

「苦肉の策、ねぇ」

 とか何とか言っちゃって。本当は嬉しかったんじゃないの。

「私の話は、おしまい。雨も上がったし、帰りましょう。早くしないと、今週号のオジョタンが売り切れちゃう」

 そそくさと荷物を持って立ち去ろうとする英里。小梅は、にやにやとしながら英里のあとに続く。

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