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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第一部
35/232

#034「ひらがな」【万里】

#034「ひらがな」【万里】


「単純なルールの遊びほど、奥が深いものですね」

 教室の後ろに立つ白髪交じりの男は、隣に並んで立っている万里に向け、周りを憚る小声で囁いた。

「そうですね、目黒さん」

 万里は男に返事をすると、前の黒板のほうへ視線を移した。教壇では坂口が授業を行なっている。

 肌寒くなっているのに、運動会のときと同じ半袖ポロシャツなのね。寒くないのかしら。

「今日は日曜参観で、みんなのお父さんやお母さんが来てるだろうけど、ちゃんと前を向こうね。さて。ここまで、りす、りんご、りゅうが出てきました。他に、りで始まる言葉を思いついた子は、元気よく手を挙げて」

 よく通る声で発せられた坂口の言葉を受け、教室の児童たちがこぞって手を高々と伸ばす中、寿は首を捻っていた。

 あらあら。寿くんは、他に言葉が浮かばないみたいね。

「これ以外に、りで始まる言葉は何があるかしら」

 万里が目黒に囁くと、目黒はスラスラと淀みなく答えた。

「字引を紐解けば、リアカー、リアクション、利上げ、リアス式海岸、リアリストなんて言葉が並んでいることでしょう」

 いささか、小学生には難しいわね。

 寿が悩んでいるのを見て、後ろの席に座る安奈が、寿の背中に指を這わせる。

「おや。お嬢さまは、寿さまに助け舟を出すことにしたようです」

「そのようですね」

 亀山、観音院の順で席が前後になってなかったら、ここまで親しくならなかったのかしら。出席番号が五十音順でなかったら、男女混合でなかったら、クラスが別だったら。

 万里が運命の数奇さについて思案していると、寿は溌溂とした様子で手を挙げた。

「はい、亀山くん」

 坂口が寿を指名すると、寿は立ち上がってハキハキと述べた。

「りぼんも、りで始まります」

「その通りですね。よく思いつきました」

 坂口が黒板にチョークを走らせているあいだ、寿は安奈のほうを向いて何か短く告げてから着席した。

 きっと御礼を言ったのね。口の動きが、ありがとうに見えたわ。

 ウェストミンスターの鐘の音を聞き、坂口はチョークを黒板の下辺にあるトレーに載せ、軽く手を叩いて児童を自身に注目させる。

「はい、みんな、先生の話を聞いてね。明日は月曜日だけど、今日の代わりでお休みだから、みんな、間違って学校に来ないように。今日の授業は、ここまで。お父さんやお母さんと一緒に、気をつけて帰ろうね」

 坂口が言い終わるか終わらないかのタイミングで、児童たちはランドセルに学習用具を詰め込み、各々の保護者の下へと散っていく。

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