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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第一部
34/232

#033「休日返上」【松子】

#033「休日返上」【松子】


「鳶が生んだ馬鹿ですね」

「口を慎みたまえ、松子女史。彼は渋木和也(かずなり)支店長の息子さんなんだ。万が一にも、支店長の耳に入ったときのことを考えなさい。それから、あまりメンタル攻撃してやるなよ。課内で何かあったら、僕が支店長から文句を付けられるんだからね」

 私に注意すると見せかけて、自己保身に走ってるだけじゃない。銀行や部下より、御身大事か。

 見えない火花を飛ばしあう二人に狼狽する秋子と、口角泡を飛ばす勢いで反論する徳田を尻目に、松子は話題を戻した。

「閑話休題しますけど、私が猫かぶりしたところで、せいぜいミーアキャットにしかなりませんよ。アメリカンショートヘアーには敵いません」

「スリムでスタイリッシュですよね、ミーアキャット」

 そういうことじゃないのよ、秋子ちゃん。

「可愛げが無いって意味よ。しおらしくできないの」

「お砂糖ですか」

 シュガーも悪くないけど、私としては。

「むしろ胡椒よ。他人の夢想に土足で踏み込んで現実を突きつける、ペッパー係長」

 あっ、こっちのアイドルについては知らないか。最近、作詞家についての特番があったところなんだけど。

 頭の中に疑問符を浮かべる秋子を放置したまま、徳田は松子の説得を続ける。

「これは、君の出世のためでもあるんだよ」

 美味しそうな人参をぶら下げて走らせようったって、そうホイホイと乗せられますかってのよ。

「課長代理が戻られたことで、ポストは閊えてると思いますが」

「頼むよ。人助けだと思って行ってくれ。他にお願いする女子行員がいないんだ」

 苦しげにギュッと目を閉じ、両手を合わせて松子を拝む徳田。

 こんなときだけ女の子扱いなんだから。都合の良いこと。

「先輩。課長さん、本当に困ってるみたいですよ」

 半分以上は演技よ。古狸の安芝居に騙されちゃ駄目よ、秋子ちゃん。

「はぁ、わかりました」

「引き受けてくれるんだね」

 ほら、ごらんなさい。すぐに表情が明るくなった。

「えぇ。これも宮仕えの宿命だと思って我慢します」

「ありがとう、鶴岡くん。この恩は忘れないよ」

 本当に恩に着ると思ってるのなら、反物でも織って返して欲しいわね。でなきゃ、そのうち諸々のハラスメントで訴えてやるんだから。そろそろ勝てそうな気がする。そういえば新人研修の頃、引き受けるまで隣で般若心経を唱え続けると言われて、しばらく無視していたら、観自在菩薩と唱え始めたことがあったっけ。課長が寺の一人息子だと知ってれば、録音しておいたものを。惜しいことをしたわ。だいたい、跡取りなら見苦しいバーコードを剃り上げて家業を継げっての。過労で死んだら呪い殺してやる。このハラスメント晴らさでおくべきかってね。未練を断ち切るまで除霊されてやらんからな。

 松子が心の中で怨嗟をぶつけているとはつゆしらず、徳田と秋子はのほほんと会話を続ける。

「先輩もご一緒なら、私も心強いです」

「僕としても、二人一緒なら安心だね。今の時期なら湯冷めもしないだろうし、日頃の疲れを癒すにはもってこいだろうね」

 あーあ。来週末は、秋深まる中での慰安旅行という名目のもと、本店の重役をおもてなししなきゃいけないのか。わざわざ修善寺まで行って接待しなきゃいけないなんて、とんだ貧乏籤だわ。唯一の癒しは、この天然娘だけど、取扱いに注意しないと自然の猛威に晒されるから、気が抜けないわ。あっ、そうだ。念を押しておかないと。

「無いとは思いますが、その土日のあいだに何かあれば、私ではなく課長代理に連絡してくださいね」

「わかったよ。無いとは思うが、もしものときは彼に聞くことにしよう」

 釘を刺す松子に対し、徳田は苦い顔をした。 

 伊豆半島で、顧客名簿の保管場所を聞かれたくありませんからね。

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