#002「骨が折れる」【万里】
#002「骨が折れる」【万里】
「それで先生は、骨折は、いつ頃に治るって言ってるの」
万里は、水を張った洗面器の中で花の茎を切りながら、左足と左腕に包帯を巻いた男に声を掛けた。
「三ヶ月は固定しないと駄目だってさ。骨がくっついても、そのあとにリハビリなんかもあるから、何だかんだで半年くらいは入院することになりそうだ」
「あら、そう。離婚で悪い雌狐との縁が切れたと思ったのに、まだ蛇か狗が憑依してるのね。前厄でこれなら、本厄前にお払いが必要だわ」
万里は、洗面器を脇に置き、切りそろえた花束を花瓶に挿した。
「ハハッ、そうだな。護摩木を焚いて、榊を振って、塩を盛らないと。まぁ、ともかく。すぐには退院できそうにないから、寿のことを、よろしく頼むよ」
「わかりました。でも、なるべく早く治しなさいよ、誠」
「あぁ。四十路なりに努力してみるさ。それより、姉貴」
誠が声のボリュームを押さえて話し出すと、万里は底の深いトートバッグの中からコロッケパンを出した。
「お目当ての品なら、ちゃんと買ってきたわよ。看護師さんに見つからないようにしなさいよ」
「わかってる。食べ終わった袋は、ゴミ箱に捨てずに引き出しに入れておくから」
「はいはい」
いくつになっても、味の好みは変わらないものね。
*
「おかえりなさい、お母さん」
「ただいま、松子。寿くんは二階かしら」
「そうよ。竹美と小梅と一緒にトランプで遊んでるの」
「そう。それは結構ね」
二階から賑やかな声が聞こえてくる。
家で一人遊びさせるより、ずっと良いわね。
「ねぇ、お母さん。叔父さんが離婚したのは、たしか四年前よね」
「えぇ。聞くところによれば、向こうはバツイチで娘がいる若社長と再婚したらしいわ。切り替えの早いことよね」
「ふぅん。別れた理由は何だったのよ」
「方向性の違いよ」
「バンドの解散みたいね。何でもめたのよ」
「お受験させるかどうかだったらしいわ」
「なるほど。将来設計に相違があったのね」
松子は、顎に指を掛け、眉根を寄せて俯いた。
本当。身勝手な親もいるものよね。自分のステータスのために子供を利用するなんて。
「ところで、その紙袋の中身はコロッケかしら」
松子は、万里のトートバッグを指差して質問した。
「そうなの。帰りに、もう一度寄って来ちゃった」
「そこのお店は、良い油を使ってるから美味しいのよね」
「そうなのよね。つい、良い匂いに誘われて買い込んでしまって」
「それで、ついつい食べ過ぎてしまう」
その通り。私も、誠と五十歩百歩だわ。




