#027「ジュニア」【秋子】
#027「ジュニア」【秋子】
複合機からファクシミリを送ろうと四苦八苦していたら、見慣れないイケメンさんに声を掛けられたんです。
「コピーするの。それとも、スキャナかい」
「いいえ。ファクシミリを送信しようと」
「何だ、ファックスか。貸してごらん」
「はい、どうぞ」
秋子は、男が差し出した手に書類を乗せた。男はそれを所定の位置に置くと、手慣れた様子でボタンを操作した。
「あとは、ここに送信先の番号を入力して、スタートボタンを押せば良いから」
親切なかたです。
「ありがとうございます」
秋子が番号を入力してると、片手に紙袋を持った松子がやってきた。
「あれ、渋木くん。十月からじゃなかったの」
「着任は一日付けだけど、俺のデスクが用意できてるって聞いたから、荷物だけ置きに来たんだ。もうすぐ、段ボールが到着するはず」
謎のイケメンさんは、新しい行員さんだったようです。
「課長代理昇進と引き換えに試される大地へ出向させられて、かれこれ三年になるわね。ヒグマとはお友達になれたの」
「額に、出没注意のステッカーを貼ってやろうか。まったく。とっくに寿退行してると思ったのに、しぶとい奴だ」
「大きなお世話よ」
なるほど。姿に見覚えがないのは、北海道に転属されてたからでしたか。それにしても、課長代理さんなのに、どうしてくん付けなんでしょう。
排紙されたファクシミリ原稿を持ち、秋子は松子に質問する。
「渋木さんとは、どういう繋がりなんですか」
「あぁ、そっか。私の同期よ」
「と言っても、俺は大卒だから、四歳年上だけどな。――改めまして、渋木潤也です。よろしく」
渋木は右手を差し出して握手を求め、秋子は戸惑いがちに応じようとして、抱えていた書類を落としてしまう。落ちた書類を拾う秋子と、傍らに紙袋を置き、一緒に拾う松子。
「わっ。ごめんなさい」
「これで全部かしら。――この子は、高峰秋子。今年からここに配属された新入行員で、ご覧の通り、ちょっとおっちょこちょいなところがあるんだけど、真面目な良い子よ」
書類を数えたあと、ばつの悪い顔をしながら立ち上がって渋木のほうを向く秋子。
あーあ。どうして、こうもドジを踏んでしまうのかしら。
「全部ありました。――よろしくおねがいします」
また落とさないように書類をしっかり抱えつつ、頭を下げる秋子。渋木は握手を求めるのを辞め、軽く頭を下げる。
「こちらこそ」
鼻筋がスッと通ったお顔で、思わず見蕩れてしまいそうです。
手を叩き、見つめ合っている二人のあいだに割って入る松子。
「はいはい。ハンサムタイムは、ここまで。秋子ちゃん。頼んでた書類は、もう出来てるかしら」
おっと、いけない。いまは、まだ仕事中でしたね。
「はい。数値を置換して、最後の余白にはポンチ絵を挿入しておきました」
「くっ」
渋木は顔を背けると、肩を震わせはじめた。
あれあれ。どうしたのかしら。
「そういえば、少し前に課長が新しい書道用具を買ったって自慢してたわね。狸や鼬の毛じゃなくて、珍しい動物の毛を使った大筆だから、早速筆下ろししたいって言ってたじゃない。何の動物だっけ」
「たしか、狆の仔犬でした」
「おい、やめてくれ、鶴岡」
腹を抱える渋木を無視し、話を続ける松子。
どうやら、笑いのツボを押してしまったようです。
「春先に首に巻いてたグレーのストール。あれ、何の毛皮だったっけ」
「チンチラです」
ヒーヒー言いつつ、松子に向かって腕を伸ばす渋木。
「貴様、俺を酸欠にする気か」
松子は傍らに置いた紙袋から中身を取り出し、袋だけ机の上に置く。
「渋木くんのデスクは、ここだから。過呼吸になったら、この袋を使うと良いわ。中学生レベルの下ネタに過剰反応するデリカシー無しめ」
渋木は紙袋が置かれたデスクに向かうと、椅子に腰掛け、そのまま机に突っ伏した。まだ、小刻みに身体を揺らしている。
「やりすぎですよ、先輩。――大丈夫ですか、渋木課長代理」
「ほっときなさい。それくらいしないと、その男は、すぐ調子に乗るから。さぁ、仕事に戻って」
さっさと仕事を続ける松子と、後ろ髪を引かれつつ、自分の席に戻る秋子。
イケメンさんは、ルックスは抜群で機械にも強いのに、何となく残念な仕上がりです。




