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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第一部
27/232

#026「十月祭、後」【松子】

#026「十月祭、後」【松子】


 送り狼という俗語がある。一般的には、男性が親切心を装って女性を自宅まで送り、あわよくば上がりこんで強引に関係を親密なものにしようという、スケベ心に基づく杜撰な計画のことを指す。多くは、男性が女性を酒に酔わせ、介抱するという口実の元に行なわれるらしい。では、このケースは何といえばいいのだろう。

「ソファーの背凭れを倒しておいたから、そこに寝かせてあげなさい。いま、お水を持ってくるから」

 万里は松子にそう言うと、キッチンへ向かった。松子は、すっかり酔い潰れた坂口に肩を貸しながら歩かせ、苦心しつつ、何とかソファーの上に寝かせた。

 男性側が酔って、女性が介抱と看護の目的で自宅に連れてきた場合、それを表す適当な言葉があるのだろうか。うーん、思い浮かばない。

「ネズミ王国からの帰りに、バーにでも寄ったの、松子」

 水の入ったお盆をテーブルに置きながら、万里は松子に質問した。

「違うわよ。ちょうど、オクトーバーフェストをやっててね。バタービールが飲み放題だったから、何杯飲めるかチャレンジしようってことになったのよ。四杯目で茹蛸のように真っ赤になってたから止めたんだけど、耳を貸さなくて」

「五杯目でダウンしちゃったのね。カッコイイところを見せようと、張り切りすぎちゃったんでしょう」

 ぐっすり眠っている坂口と、それを見守る松子と万里。

「松子のお酒の強さは、博さんからの遺伝よ。間違いなく彼の子供だわ」

「私もぼんやりと覚えてるわ。夜更けになってから、真っ赤な顔で額にネクタイ巻いたおじさんと一緒に帰ってきたでしょう」

「あら、見てたのね」

「その頃は、もう中学生だったから」

「そうだったわね。そうなのよ。忘年会とか、新年会とか、歓迎会とか。頭数を揃えたいときは、既婚者でも駆り出されてね。飲み比べをさせられて、決まって、比べさせたほうが酔い潰れるの。博さんは柔和な物腰と温厚な性格で、とてもウワバミに見えないけど、顔色一つ変えずにスイスイ飲むタイプだったから」

 寝返りを打ち、腕を枕にして横になり、二人に背を向ける坂口。

「へぇ。お父さんも、顔に出ないタイプだったんだ」

「結婚前に、よく二人で夜の街へ出かけたものだけど、一度も酔った私に悪戯してこなかったわ。博さんは、ジェントルマンだから」

 万里は頬を赤らめ、両手でそれを隠すようにして恥らった。

 はいはい。惚気話は、それくらいにしてちょうだい。

「坂口さんは一人暮らしだから、一人でタクシーに乗せて帰ると不安だし、運転手にも迷惑だと思って連れてきちゃったんだけど」

「構わないわよ。何なら、寿くんと一緒に登校すれば良いじゃない」

「それも、そうね」

「松子。今回は仕方ないけど、今度坂口さんに勝負を挑まれたら、たとえ勝てそうでも、わざと負けてあげなさいよ」

「何で八百長しなきゃならないのよ」

「馬鹿ね。心の中に貸しを作っておけば、何かピンチのときに頼りやすいでしょう」

 そういうものかしら。誰かに頼るのは、弱みを見せるようで気が進まないんだけど。

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