#023「十月祭、前」【万里】
#023「十月祭、前」【万里】
悲報。長女が恋愛に疎すぎる件について。
「何で、そんな言い訳がましいことを」
ノリノリでアドバイスを送る万里と、対照的に冷めた反応をする松子。
「ニブチンね。デートのためにチケットを買いましたと言ったら、それこそ恩着せがましいじゃない。だから、偶然を装うの。初歩的なテクニックよ」
「策士、策に溺れるという言葉が」
「そういうことを言わないの。人生初のデートの誘いなのよ、松子。少しは動揺して戸惑いなさい。喜び半分に困りなさい」
「どんな命令よ。何か勘違いしてるんじゃ」
呆れる松子を尻目に、ワードロープを物色する万里。
「フレアスカートとか、デコルテラインのワンピースとか持ってないの」
「あるわけないじゃない。そんな服、いつ来て行くのよ」
「今よ、今。ナウ、オンタイム」
「色気ゼロの普段着姿を知ってるのに、わざわざ着飾らなくたって良いわよ」
「良くなーい。誘われた側は、『あなたのことを特別に思って、今日は張り切っておめかししました』ってことを、誘った相手に見た目で伝えなきゃいけないの」
「直接そう言っちゃ駄目なの」
「駄目よ。あくまで言外に匂わせることがポイントなの」
「面倒な手段を取るのね」
「いいから、デートの達人の言う通りにしなさい。ほら、持ってる服を出して」
「はいはい。仰せのままに」
万里に言われるまま、ワードロープから自分の服を出していく松子。
*
「これで全部よ」
ものの数分で、子供部屋のローテーブルの上には、ネイビー、ベージュ、グレーの地味な色合いの服の小山が出来た。
「これだけなの」
「フランス人は、服を十着しか持たないという俗説が」
「そういうこと言って逃げないの」
竹美や小梅の服と一緒に置いてあるから気付かなかったけど、松子専用の服は、案外少なかったのね。お洋服に興味がないとは思ってたけど、ここまで無関心だとは思わなかったな。
「竹美や私の服じゃ小さいし、この際だから新しく買いましょう。私が用立ててあげるから」
「とか何とか言って、ハンサムボーイのいるブティックに連れて行く気なんでしょう。その手は桑名の焼き蛤よ」
ぐっ。こういうことだけ鋭いんだから。
「図星なのね」
松子は手を腰に当て、がっくりと溜息を吐く。
「良いじゃない。あと三ポイントで粗品が貰えるのよ。協力しなさい」
「見事に、店側の戦略に嵌ってるわね。参考までに聞くけど、カードの有効期限はいつまで」
「初回から一年間」
「今、何ポイント目なの」
「十七ポイント」
「一ポイント、いくら」
片手をパーにして松子に見せる万里。
「五百円か」
「ううん、もう一つゼロが」
「貢ぎすぎよ」
「だってぇ」
「だってじゃない」
立て膝をついて松子の服の裾を掴み、うるうるとした目で見つめる万里。
「はぁ、しょうがない。満了にしてあげるわ」
松子は万里から顔を背け、片手で顔を覆うと、背筋を伸ばし、万里に向かって人差し指を突きつける。
「その代わり、そのあとは一切店に立ち入らないこと。良いわね?」
「そんな、殺生なことを言わないでよ。テキサスのように広い心で受け止めて」
「駄目よ。私の心は、ロードアイランドのように狭いの」
悲報。長女が実母に冷酷すぎる件について。




