未来編⑥「盂蘭盆会」【万里】
未来編⑥「盂蘭盆会」【万里】
西暦二〇二七年、夏。十年にわたる変化の大波が収束した。みんな収まるべきところに収まったというのが、私の実感。今日は円禅寺で、親戚が集まって法事をしている。
万里がほうじ茶を啜っていると、ハンカチを持った恵子が姿を現す。
「あら。万里ちゃん一人だけなのね。松子ちゃんは」
そう問い掛けながら、恵子が万里の隣にある座布団に座ると、万里は可笑しそうに口元を片手で覆いながら言う。
「何でも、松吾くんが襖を破いちゃったらしくてね。耳を引っ張りながら、和尚さんのところへ連れて行ったの」
喚き散らす松吾くんと、それを睨みと言葉攻めで静かにさせる松子のドタバタは、見てて愉快だったわ。当事者にとっては、堪ったものじゃないでしょうけど。
「あらあら、大変だ。小学校に上がったばかりだっけ。ヤンチャ盛りね。一平と成二も、昔は二人で、しょうもない悪戯をしたものよ。竹美ちゃんのほうは」
「美咲ちゃんと一緒に、お庭のほうへ行ったわ。退屈だったんじゃないかしら」
「お説法が長かったものね。幼稚園児でなくても苦行だわ。耳年増で口達者なところもあるけど、そういうところは年相応ね。そういえば、今日は小梅ちゃんは来てないんだっけ」
「えぇ。足掛け十年の恋を実らせた彼と、思い出の広島へ新婚旅行に行ってるの」
「あぁ、そうなの。それは、法事どころじゃないわね」
恵子は感心したような口調で言いながら、座卓の上にあるお盆を引き寄せ、空の湯呑みに急須のほうじ茶を注ぐ。渋い顔をしながらほうじ茶を啜っている恵子に、万里は真面目な顔をして言う。
「この前のお話なんだけど、やっぱりお断りするわ」
万里の発言を聞いた恵子は、顔に落胆の色を見せつつ、努めて何でもない風を装った口調で言う。
「あぁ、そう。それは、博のことが気になるからかしら」
「えぇ。老いらくの恋を否定する訳じゃ無いんだけど、私の人生のパートナーは、生涯一人きりにしたいの」
「そう。それじゃあ、先方にそう伝えておくわ。それで良いのね」
「えぇ。せっかく紹介してもらったのに、申し訳ないんだけど」
「気にしなさんな。うまいこと言っておいてあげるから。――ここは私が見ておいてあげるから、万里ちゃんも、博に挨拶してきたら、どう」
恵子が明るくで提案すると、万里は硬くなっていた表情を綻ばせながら、それに応じる。
「そうね。それじゃあ、ちょっと席を外すわね」
「行ってらっしゃい。ごゆっくりどうぞ」
万里は席を立つと、墓苑のほうへ足を進めた。




