表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
230/232

未来編⑤「水に流す」【松子】

未来編⑤「水に流す」【松子】

 

 ここは円禅寺の境内にある手水場。法事が済んで、竜の意匠が施された出水口を見ながら、宗教法人の不公平さを感じつつ、かつての徳田課長と雑談をしているところ。

「長時間正座したせいで、痺れを切らしましたよ。お布施が足りないことに対する嫌がらせですか、安然さん」

「凡念だよ、松子女史。寺では、そういう生臭い話をしないでくれたまえ」

 数年前まで、他人様の金銭を取り扱ってたくせに。頭は綺麗に剃り上げて聖職者を気取っていても、中身は俗物のままでしょう。

「卵が白茄子で、ヤマメがカミソリでしたっけ」

「落語に影響されすぎだ。本物の僧侶は、そんな中途半端な隠語を使わない」

 それどころか、熱心な檀家さんが持ってきた仏さまへのお供えを、ありがたくちょうだいしてそうね。中年太りから、ちっとも痩せてない。

「仮に使ってるとしても、バレてたら隠語になりませんものね」

「あぁ、そうだね。相変わらず、頭の回転が速い」

 ここが職場なら、こう言われた直後に面倒な案件を押し付けられるところだから、身構えるところだけど、いまは心配いらないかしら。

「それは、どうも」

「うむ。褒め言葉に皮肉を返さなくなっただけ、少しは丸くなったかな。最近、銀行のほうは、どうかね」

「渋木くんが本店に移ったところまでは、ご存知ですよね」

「あぁ、そうだったね。僕が父の跡を継ぐ、半年くらい前のことだったか。元気にしてるだろうか」

 定年前に辞めるって聞いたときは驚いたものだけど、こうしてみると、課長は銀行員より住職のほうが向いてる。お勤め先を変えて正解だわ。

「静香さんとのあいだに男の子が三人産まれて、毎日賑やかに暮らしてるみたいですよ」

「ほぉ、そうか。この少子化の時代に、三人も子宝に恵まれたか。しかし、育てるのは大変そうだな」

 私も、そうだと思うわ。一人だけでも、手を焼くのに。寿くんみたいな素直な良い子は、なかなか居ないものだわ。誠叔父さんは、どうやって育てたのかしら。

「苦労が絶えないでしょうね。――秋子ちゃんが結婚したのは、ご存知ですか」

「いいや、聞いてないね。いつの話だい」

「つい、三ヶ月ほど前なんです」

「そうか、結婚したのか。それは、めでたいね」

「そうですね」

 水のせせらぎや、小鳥の囀り、草木のざわめきが聞こえるほどの静寂が流れたあと、徳田が待ちかねるように口火を切る。

「それだけかね」

「物足りませんか、珍念さん」

「凡念だ。まぁ、いい。このままだと、そのうち、情報料を請求されそうだ。――それじゃあ、僕は先に本堂に戻ってるから」

「はい。では、のちほど」

 徳田は目を閉じて両手を合わせ、松子に向かって一礼すると、本堂へ向かって歩いて行く。松子は、徳田の後ろ姿が見えなくなったのを確認すると、柄杓を手に取り、口と手を清め始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ