#022「つやつや」【小梅】
#022「つやつや」【小梅】
餅は餅屋という言葉がある。落雁はスーパーより和菓子屋のほうが断然良い。
リビングのテーブルで、小梅と寿は、蓮の花を模した小振りの落雁を分け合っていた。
「今日は和菓子屋さんに行ってきたのね、寿くん」
「そうだよ。今日はお彼岸だから、干菓子を食べる日なんだって」
落雁に噛り付きながら、あどけない表情で答える寿。
お母さんの目的は、別のところにもあっただろうけど。面食いだもんな。
「落雁は美味しい、寿くん」
「うん。硬くて食べ難いけど、甘くて幸せだよ」
単純で良いな。私も寿くんくらいのときは、こんな感じだったのかしら。
まじまじと小梅に見つめられた寿は、食べる手を止めて見返す。
「そっちは美味しくないの、梅姉ちゃん」
「ううん。美味しいことは、美味しいんだけどね」
小梅は、ひと口齧った落雁を食べ切り、席を立つ。
「あとは、寿くん一人で食べて良いわ。私は、もう充分だから」
「良いの。わーい」
再び食べ進める寿を横目に見つつ、小梅はキッチンへ向かった。
落雁だって、体重を気にする私に食べられるより、無邪気な寿くんに食べられたほうが幸せだろう。
*
「落雁だけじゃなくて、もち米と小豆も買ってたのね」
「そうよ。今夜は、お赤飯を炊こうと思って」
菜箸と小皿を片手に、万里は両手鍋で小豆を煮ている。流し台には、炊飯釜にもち米が水に浸した状態で置かれている。
そういうエプロンは、どこで買うんだろう。肩紐にレースが縁取られて、胸当てがハートになってるデザインなんて、マンガやドラマに出てくる新妻そのものじゃない。
「わざわざ炊かなくたって、電子レンジで加熱するだけで出来るものが売ってあるじゃない。そのほうが、よっぽど失敗する可能性が低いわ」
こういうのを、たしかリスクヘッジって言うのよね。
「松子に毒されてるんじゃない、小梅。こういうものは、手間暇が大切なのよ。気持ちを込めなくちゃ」
鍋からぐつぐつ、ぶくぶくという音を立ち始めたところで、万里はコンロのツマミを捻り、火を弱める。
好きにさせよう。何にせよ、気分が乗ってるのは良いことだ。これがマンガの一コマなら、ふきだし無しで音符の数個でも描き並べるところね。何なら、ルンルン、という効果音を足しても良いわ。
小梅は、何も言わず、何も聞かず、自分の部屋に戻っていった。




