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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
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未来編④「朝と週末」【安奈】

未来編④「朝と週末」【安奈】


「今日は、青葉と二人で作ったの。前に寿くんが美味しかったって言ってたオカズも入れてあるから、お昼まで楽しみにしてね」

「わぁ、何だろう。いつもありがとう、安奈ちゃん」

 自動車の後部ドア越しに弁当を受け渡ししつつ、シートに座る安奈と立ったままの寿が話していると、運転席の赤城が横槍を入れる。

「朝から、おあついですね。四時起きであることや、前衛的なイラスト付きのレシピノートについては、お伝えなくて良いのですか、お嬢さま」

 赤城の発言に対し、安奈は顔を赤くしながら照れと怒りが綯い混ぜになった調子で言う。

「赤城。いい加減にしないと怒るわよ」

「わざわざ早起きしてたんだね。知らなかったよ。それで、前衛的なイラストっていうのは」

「絵画教室の講師が匙を投げるほどの画力と言えば、ご想像に難くないかと」

「赤城っ。運転が上達したと思ったら、減らず口を叩くようになって」

 主人の恥を晒すなんて、使用人失格よ。

「ふふっ。もっと話していたいけど、安奈ちゃんも僕も遅刻しちゃうから、続きは今度の日曜日にね」

「そうね。それじゃあ、また日曜日に。――赤城、出発してちょうだい」

「はい、お嬢さま」

 パワーウィンドーが上がり、自動車は静かに発進していく。その後ろ姿を見送っていると、ジャージ姿の金子が姿を現し、寿の横に立って言う。

「朝から元気ね、あの二人」

「あっ、お母さん。琢は、まだ寝てるの」

「ついさっき、起きたところ。キャメルクラッチとチョークスリーパーのどっちが良いって訊いたら、布団を跳ね上げて洗面所にダッシュしたわ。――もう少ししたら、作楽ちゃんが来るわね」

 壁に掛けられた時計を見ながら言う金子。

「あと五分くらいしたら来るかな。遅刻して、斧塚先生に冷やかされなきゃ良いけど。それじゃあ、行ってきます」

 寿は鞄に弁当を詰め込みながら歩き出し、それを金子は見送る。

「行ってらっしゃい。……さて。仕上げに誠を起こすか」

  *

「可愛く仕上げてね」

「カッコよく描かなければ承知しない」

 白い大きな襟がついたストライプのワンピースを着た安奈と、ライダースジャケットにブルージーンズ姿の昴が、庭の池のほとり、石灯篭の横に立っている。その二人に、少し離れたところでクロッキー帳と焦げ茶色のコンテを持った寿が疑問を投げかける。

「制服のままで良かったんだけど、何で着替えたの」

 寿の疑問に対し、安奈と昴は得意気な顔をして、自信を持って言う。

「セーラー服だと、地味だと思って」

「スカートを穿いて、ジロジロ見られるのは落ち着かない」

 寿はクロッキー帳を開きながら、ボソッと小声で言う。

「クロッキーだけだから、五分くらいで済むのに」

 返事が無いと思い、尚も安奈と昴は言い続ける。

「それに、クライアントの要望に応えるのがクリエイターの務めよ」

「そうだ。安奈ちゃんの言う通りだよ、寿くん」

 二対一では分が悪いと思ったのか、寿が白旗を上げる。

「僕がワガママでした。……早く仕事を選べるようになりたい」

 寿の小さな呟きは、池を泳ぐ鯉や蛙の水音に掻き消された。

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