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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
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未来編②「犬も食わない」【竹美】

未来編②「犬も食わない」【竹美】


「嫌なら、離婚して日本に帰って来いよ、リュースケ」

「それは、もっと嫌だ。せっかく長い審査を終えて、やっとのことで永住権をゲットしたところなんだぞ」

「駄々っ子か、貴様は。アメリカに留まりたければ、我慢して食べやがれ」

 お相手は、中原先輩か。今日は、何をもめてるのかしら。

 パソコンのディスプレーを見ながらヘッドセットを使って会話をする永井の側へ、竹美が色違いで同じデザインのマグカップを両手に一つずつ持って近寄り、永井に話しかける。

「はい、ホットコーヒー」

「あぁ、ありがとう」

 竹美がパソコンの左側にモスグリーンのマグカップを置き、永井の背後を回ってレモンイエローのマグカップをパソコンの右側に置き、椅子に座る。永井はマグカップを手にして液面を見ずにココアブラウン色の液体を啜り、派手に噎せる。

「おい、どうしたんだ、ジロー。まさか、毒入りだったか」

「次郎さん、どうしたの」

 竹美が背中を摩りながら声を掛けると、次郎は口を片手で押さえながら甲で乱暴に拭い、もういいとばかりに反対の手を突き出して竹美を遠ざけ、ヒューヒューと息を荒げながら言う。

「心配ない。ブラックかと思ったらカフェラテだったから、驚いただけだ」

 何だ、ビックリした。お砂糖とお塩を間違えたのかと思ったわ。

「ほらな、ジロー。思ってたのと違うものを出されると、これじゃないって感じるだろう」

「あぁ、そうだな。返す言葉が見当たらない」

 永井の呼吸が落ち着いたのを確認してから、竹美は永井に問いかける。

「ねぇ、次郎さん。さっきから何の話をしているの」

「えっ。あぁ、まぁ、大した話じゃないんだ」

「傍観者にとっては、な。当事者にとったら、わりと重要な話なんだぞ。この議論は平行線だ。接点は存在しない」

 風華と何を巡ってすれ違ってるんだか。

「俺から説明するのも馬鹿らしいから、直接リュースケに聞け。ほら、マイク」

 そう言いながら、永井はヘッドセットを竹美に手渡し、席を立つ。竹美は、渡されたヘッドセットを装着しながら、永井に言う。

「どこへ行くの」

「用を足すだけだ。すぐ戻る」

 永井は短く言うと、そのまま部屋をあとにする。

  *

 事情聴取の結果、今回の夫婦喧嘩の原因は、クラムチャウダーであることが判明した。たしかに、くだらない話だ。

「風華が作ったのが、マンハッタン風のトマトベースでさ。俺は、ボストン風のクリームベースをイメージしてたものだから、思わず、これはクラムチャウダーじゃないって言っちゃったんだ」

 思い描いてたのと違う料理が出てきたとはいえ、せっかく作った料理を拒絶されたら、いくら大らかな風華でも傷付くわね。

「それで、そのトマトベースのクラムチャウダーは、どうしたんですか」

「食卓に置きっぱなしだよ。すっかり冷めてるだろうな」

 それは、マズイ。二重の意味で。

「出て行った風華のほうには、私がスマートフォンに連絡して家に戻るよう言ってあげますから、先輩は、冷めたクラムチャウダーを鍋に戻して温め直しておいてください」

「分かった。恩に着るぜ」

「それなら、迷惑料でも支払ってもらいたいものだな、リュースケ」

 竹美に近寄った永井が、ヘッドセットのマイク部分を片手で口元に近付けながら言う。竹美は永井のほうを振り向き、ヘッドセットを外して渡す。

 さぁて。あとは風華を説得すれば、一丁上がりね。

 竹美は、テーブルからスマートフォンを手に取ると、フリックでロックを解除し、無料対話アプリを起動する。

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