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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第一部
22/232

#021「はき出し窓」【松子】

#021「はき出し窓」【松子】


「嫌な社長さんでしたね」

 小声でそういうと、秋子は松子の右横に湯呑みを置いた。

「お茶をどうぞ」

「ありがとう」

 松子は、中のほうじ茶をひと口啜ると、視線を左右に走らせ、ロビーに人が居ないのを確認してから、おもむろに話し始めた。

「社長もピンキリよ。さっきの鉄工所の大将は、先代がバブルに浮かれて拡大しすぎた事業と設備の収拾がつかなくなって、在庫と負債をかかえて首が回らなくなってきたんでしょう。よくある話よ」

 お山の大将は、自分の山が火事になってるのに気が付かなかったのね。

「よくある話、で片付けて良いんでしょうか。何だか、可哀想にも思えますけど。銀行として、何とかしてあげられないんですか」

 あら、お優しいこと。でもね、審査の結果、三年前に自己破産してることが判明した法人や個人には、情に訴えて泣き落としされたって、この銀行では融資をしないことに決まってるのよ。好景気なら、例外を認めるところだろうけど。

「情に絆されて規則を曲げると、銀行が潰れてしまうわよ。それじゃあ、困るでしょう」

「それは、そうですけど」

 松子の発言に、秋子は口をへの字に曲げた。

 納得行かないって顔ね。でも、逆上して二度と頼まないと吐き捨てて帰るような感情の起伏の激しい人間に、快く大金をポンと渡せないじゃない。あっ、そうだ。身近な模範例を示して、論点をすり替えてしまおう。

「それより、ほら。月の始めに決まって和服を着て現れる、物腰の柔らかな人が居るでしょう」

「あぁ、居ますね。今月は、まだ残暑が厳しかったから、着流しにカンカン帽を被って、下駄を履いてましたよね。何をなさってるかたなんですか」

「ケーエヌアイホールディングスの社長さんよ。家族想いで、とっても良い人なの」

「ケーエヌアイホールディングス、ですか」

「壱丸呉服の若旦那って言ったほうがピンと来るかしら。お祭の法被や、七五三や成人式の着物のレンタル業者として、この辺では有名だけど」

「それなら、わかります。今年の三月に、矢絣と海老茶袴を借りました」

「そうそう。入学式や卒業式でも、お世話になるわよね」

 二人が話していると、固定電話が鳴った。

「私が出るわ」

 お盆を抱えてオロオロする秋子をよそに、松子は左手で素早く受話器を取り、同時に右手でボールペンとメモを用意した。

「はい、こちら鶴岡です」

 松子がハキハキと応えると、受話器の向こうから間延びした声が返ってくる。

「松子女史か。君に電話だよ。外線二番」

 何だ、徳田課長か。誰かしら。

 松子が外線ボタンを押すと、陽気な声が聞こえてくる。

「松子。私は誰でしょう」

「ビジネス電話で遊ばないでちょうだいよ、お母さん」

「うふふ。今日は残業しないで、さっさと帰ってきなさい。渡したいものがあるの。それじゃあ」

 ツーツーという音で電話が切れたことを確認し、大きく溜息を吐きながら受話器を置く松子。

 まったく。何を渡されるのやら。

「あの、先輩。お恥ずかしい話なんですけど」

 メモとボールペンを用意しながら、もじもじする秋子。

「何かしら。話してみなさい」

「内線電話の取りかたを、もう一度、教えてもらっても良いですか」

 そうだった。この子は機械に弱いんだったわ。一から使いかたを教えたとして、はたして定時で上がれるかしら。

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