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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
218/232

#207「挙式前の青」【松子】

#207「挙式前の青」【松子】


 育ちも環境も異なる男女が結婚すれば、不安や混乱が起きるのは当たり前である。そう。だから、これも一時的なものなのだろうと考えるのだけれど、どうしても、これで良かったのだろうかという思いが拭えない。

「坂口さんには、私なんかより、もっと素敵な人がいるんじゃないかって。やっぱり、釣り合わないもの」

 ちゃぶ台を囲みながら、松子が俯き加減にそう言うと、隣に座る万里は、いつもの明るさで励ます。二人の背後にある窓辺では、数匹のメダカが、金魚鉢の中をスイスイと涼やかに泳いでいる。

「ずいぶん卑屈ね。もっと自信を持ちなさいよ。断るほうが、もったいないわよ。坂口さんみたいな良い人は、この先、二度と現れないわ」

「それは、私側の話でしょう。私、このまま、吾朗さんと二人でやっていけるかしら」

「何が心配なのよ。向こうのご両親に、何か言われたの」

 万里が心配そうに疑問を呈すると、松子は弱弱しく否定する。

「どちらも、私との結婚を快く承諾してくださったわ。だけど」

「だけど、何なのよ。もぅ。いつになく煮え切らないわね」

 万里が頬を膨らませて怒ると、すぐに表情を和らげ、松子の背中に手を置き、トントンと子供をあやすかのように叩きながら諭す。

「これまで十年以上、鶴岡家のために身を粉にして頑張ってきたでしょう。もう、家族のことは大丈夫だから、これからは、自分のことに専念しなさい。たとえ高卒だろうと、相手より年上だろうと、そんなことは、愛し合う二人の前には些細なことでしかないわ。そんなことを理由にしてちゃ、いつまで経っても結婚なんか出来やしないんだから。いいから、夫婦になっちゃいなさい。駄目なら離婚して、メソメソ逃げ戻ってきて良いから」

「ちょっと、お母さん。何で、泣きながら出戻ることが前提なのよ」

 口では怒りながらも、表情ににこやかさが窺える松子に、万里はホッと胸を撫で下ろす。

  *

「何でって、そりゃあ、坂口さんが午年だからでしょう。『これを俺の代わりだと思って、寂しい夜は抱きしめてくれ』ってことよ」

 ファンシーな馬のぬいぐるみを両腕で抱きしめながら万里が言うと、松子と竹美が挙手しながら言う。

「その読みは当たらないに一票」

「同じく、一票」

「もぅ、ロマンが無いわね。――もしも坂口さんが、よその女に尻尾を振るようなら、首に巻きついて噛んでやれば良いわよ、松子」

 ぬいぐるみの首の部分を持ちながら万里が言うと、松子と竹美は呆れながら言う。

「十二支に絡めてうまいこと言おうとしてるようだけど、全然うまくないから」

「そうそう。座布団、没収よ」

 竹美が万里の座布団を引っ張る真似をすると、万里は、その手を払いながら松子に向かって言う。

松吾(しょうご)なんて、どうかしら」

「待って。いきなり何の話なの」

「命名よ、きっと」

「女の子なら朗子(あきこ)かしら。博さんにも、孫の顔を見せたかったわ」

 そういう言葉は、初孫が産まれたときにいうものでしょうに。

「プレッシャーになるから、やめて」

「私も楽しみにしてるわね」

 あっ、こら、竹美。手の平を返すんじゃない。

「あら。竹美も頑張りなさいよ。――どっちが先かしらねぇ」

「気が早いって」

 だから、そういうストレスがマリッジブルーの原因なんだって。既婚者のくせに、理解がないんだから。喉元過ぎれば、何とやら。

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