#207「挙式前の青」【松子】
#207「挙式前の青」【松子】
育ちも環境も異なる男女が結婚すれば、不安や混乱が起きるのは当たり前である。そう。だから、これも一時的なものなのだろうと考えるのだけれど、どうしても、これで良かったのだろうかという思いが拭えない。
「坂口さんには、私なんかより、もっと素敵な人がいるんじゃないかって。やっぱり、釣り合わないもの」
ちゃぶ台を囲みながら、松子が俯き加減にそう言うと、隣に座る万里は、いつもの明るさで励ます。二人の背後にある窓辺では、数匹のメダカが、金魚鉢の中をスイスイと涼やかに泳いでいる。
「ずいぶん卑屈ね。もっと自信を持ちなさいよ。断るほうが、もったいないわよ。坂口さんみたいな良い人は、この先、二度と現れないわ」
「それは、私側の話でしょう。私、このまま、吾朗さんと二人でやっていけるかしら」
「何が心配なのよ。向こうのご両親に、何か言われたの」
万里が心配そうに疑問を呈すると、松子は弱弱しく否定する。
「どちらも、私との結婚を快く承諾してくださったわ。だけど」
「だけど、何なのよ。もぅ。いつになく煮え切らないわね」
万里が頬を膨らませて怒ると、すぐに表情を和らげ、松子の背中に手を置き、トントンと子供をあやすかのように叩きながら諭す。
「これまで十年以上、鶴岡家のために身を粉にして頑張ってきたでしょう。もう、家族のことは大丈夫だから、これからは、自分のことに専念しなさい。たとえ高卒だろうと、相手より年上だろうと、そんなことは、愛し合う二人の前には些細なことでしかないわ。そんなことを理由にしてちゃ、いつまで経っても結婚なんか出来やしないんだから。いいから、夫婦になっちゃいなさい。駄目なら離婚して、メソメソ逃げ戻ってきて良いから」
「ちょっと、お母さん。何で、泣きながら出戻ることが前提なのよ」
口では怒りながらも、表情ににこやかさが窺える松子に、万里はホッと胸を撫で下ろす。
*
「何でって、そりゃあ、坂口さんが午年だからでしょう。『これを俺の代わりだと思って、寂しい夜は抱きしめてくれ』ってことよ」
ファンシーな馬のぬいぐるみを両腕で抱きしめながら万里が言うと、松子と竹美が挙手しながら言う。
「その読みは当たらないに一票」
「同じく、一票」
「もぅ、ロマンが無いわね。――もしも坂口さんが、よその女に尻尾を振るようなら、首に巻きついて噛んでやれば良いわよ、松子」
ぬいぐるみの首の部分を持ちながら万里が言うと、松子と竹美は呆れながら言う。
「十二支に絡めてうまいこと言おうとしてるようだけど、全然うまくないから」
「そうそう。座布団、没収よ」
竹美が万里の座布団を引っ張る真似をすると、万里は、その手を払いながら松子に向かって言う。
「松吾なんて、どうかしら」
「待って。いきなり何の話なの」
「命名よ、きっと」
「女の子なら朗子かしら。博さんにも、孫の顔を見せたかったわ」
そういう言葉は、初孫が産まれたときにいうものでしょうに。
「プレッシャーになるから、やめて」
「私も楽しみにしてるわね」
あっ、こら、竹美。手の平を返すんじゃない。
「あら。竹美も頑張りなさいよ。――どっちが先かしらねぇ」
「気が早いって」
だから、そういうストレスがマリッジブルーの原因なんだって。既婚者のくせに、理解がないんだから。喉元過ぎれば、何とやら。




