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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
217/232

#206「積乱雲」【小梅】

#206「積乱雲」【小梅】


 青空に入道雲がモクモクと鎮座している姿は、夏の到来を感じさせる絵になる情景だと思うけど、にわか雨に降られるのは勘弁してほしい。 

「ビックリしたわ。前髪を下ろしたら、ぜんぜん印象が違うんだもの」

 軒先で雨宿りしつつ、小梅がハンカチでリュックを拭きながら言うと、山下はスポーツタオルで髪の水滴を拭いながら言う。

「日頃、鶴岡が俺をどこで判断してるか、よぉく解った。これ以上伸びても、下ろすのはやめよう」

「ええっ。それは、ちょっと、もったいないかも」

「もったいないって何だよ」

 だって、髪を下ろした山下くんも、インテリ風でカッコいいんだもの。

「いつもはワックスでカッチリ整えてるから、そういうラフな感じが新鮮なのよ」

「ラフな感じか。スムーズにしたほうが、髪のことを気にしなくて済むから楽なんだけど、たまにはラフにしてみるかな」

 前髪を一房、指で弄りながら山下が言うと、小梅は、それに賛同する。

「えぇ。そうしたほうが、ずっと良いと思う」

「そっか。じゃあ、そうしよう」

  *

「あの焼き鳥屋さんでアルバイトしてるのね」

 吉川くんは、ともかく。山下くんがバンダナと店名の書いてあるティーシャツ、エプロン姿で「いらっしゃーせー、どうぞ」なんて言ってるところ、なかなか想像できないなぁ。

 小梅は「レディースデー」と書かれたチラシを手にしながら、しばし考え込んでいると、山下が楽しげに言う。

「絡まれても下手に押し返せないオバサン客と、いちゃもんをつけてくる上にマーライオンするオジサン客とでは、どっちが悪質かとか、案外若い客のほうが、一部の体育会系を除いては、素直で大人しいとか、吉川や先輩たちと賄いを食べながら、反省会という名のボーイズトークをするのが楽しくてさ。結構、キツイことやイヤなこともあるけど、どうにかこうにか、それなりにこなしてる」

「そうなんだ。良いなぁ」

 毎週のように、細かい活字に目をチカチカさせながらタウンワーキングをめくっては、曖昧表現だらけの求人情報にうんざりすることを繰り返してるのよね。これだと思うようなアルバイト先が見つからないものだから、最近は、表紙に書かれてる暢気そうな仔豚のイラストを見るだけで、無性にイラッとしてくる始末。坊主憎けりゃ、何とやら。

「と、ここままでが前座。本題は、こっちのチラシ」

 山下は、リュックから二枚目のチラシを取り出し、小梅に渡す。そこには、ちぎり紙細工のイラストと共に「納涼かごめ花火大会」と書かれている。

「あぁ。毎年、河川敷で催されてるものね」

「そうそう。知ってるなら、話が早い。どうだろう。一緒に行かないか」

 おぉ。なかなか魅力的なお誘いね。引き受けるのは良いとして、一つだけ確認しておこう。

「良いわよ。でも、山下くん。浴衣は持ってるの」

 小梅が疑問を投げかけると、山下は気まずそうに答える。

「あぁ、やっぱり聞かれたか。ここ何年かは親父の浴衣を借りてたんだけど、昨年、派手に汚しちゃってさ。貸してくれないかも」

 そうでなくても、進学のことで仲違いしたままだものね。よし。ここは一つ、私が助けてあげよう。

「もし良かったら、山下くんの分も、私が用意してあげるけど」

「えっ、本当か。いや、でも、悪いよ」

「良いから、良いから。ちょうど、頃合いの伝手があるのよ。私に任せて」

「うーん。そこまで言うなら、お願いしようかな」

 やった。これで、夏の楽しみが増えたし、お年玉の使い道も決まったし、万々歳だわ。

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