#203「誘い水」【永井】
#203「誘い水」【永井】
「バーボンと派手なレコード」
永井が一人でブラックコーヒーを嗜んでるところへ、中原が以上の台詞を喚きながら闖入した。永井は、静かにテーブルにカップを置いて立ち上がる。
「ここは、名曲バーじゃない。すいぶん荒れてるようだが、どうしたんだリュースケ」
「良いから、強めの酒を寄越せ。ワンマンショーの始まりだ」
観葉植物へ向け、中原は帽子を投げる。
「いよいよ、意味が分からない」
そう言いながらも、永井は落ち着いて話が出来るよう、中原をリビングのソファーへと誘導する。
「あれ。鶴岡は、どうしたんだ」
「連休中は、実家だよ。久々に三姉妹揃って、大いに盛り上がってるそうだ」
「何だよ。タイミング悪いな」
それは、こっちの台詞だ。静かに物思いに耽っていたというのに。
*
「バーボンのボトルを赤子のように抱くな、リュースケ。絵面が、完全にアルコール中毒患者だ」
「うるしぇー、ジリョー」
永井が中原の腕のあいだからボトルを抜き取ると、支えを失った中原は、そのままソファーのアームレストへしなだれかかる。
「呂律が回ってないし、フラッフラじゃないか」
強い酒だぞって言ってるのに、馬鹿みたいに呑みやがって。せいぜい、二日酔いで苦しめ。
「うぅ、かしゃぎの奴め。しゃよなりゃと書いたメモを、ドアポシュトに投函しやがって。星三つだよ」
どこぞの厨房のシェフか、お前は。
永井が心の中でツッコミを入れているとはつゆ知らず、中原はしゃっくりを一つ漏らし、そのまま言い続ける。
「ヒッ。紐の先をしっかり掴んでないと、油断した隙にあっという間に天高く飛んで行って、どれだけ手を伸ばしても届かない遥か上空へ舞い上がってしまう。笠置は、そんなヘリウムガスが詰まった風船のように、危なっかしい女だよ」
ひとしきり言いたいことを吐露すると、中原はトロンとした焦点の定まらない目で永井のほうを見つめる。永井は、大きく溜め息を一つ吐いてから、中原に向かって真剣な口調で言う。
「良いのか、リュースケ。まだ、諦めるのは早いだろう。記者なら、追跡取材したらどうなんだよ」
追跡取材、という言葉に反応し、中原はスックと立ち上がると、さっきまで酔っていたのが嘘のような足取りで廊下に向かい、ドアの前で振り返って永井に一言告げてから、バタバタと廊下を駆けていく。
「ムッ。そうか。その手があったか。酔っ払ってる場合じゃない。――サンキュー、ジロー」
どういたしまして。
足音が消えた頃、永井はおもむろにソファーから立ち上がり、ボトルを持ったままキッチンへと歩いていく。そして戸棚を開け、ボトルを見ながら呟く。
リュースケは俺より凄いポテンシャルを秘めてるが、自分では導火線が燻ったままなのがネックだよな。




