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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
214/232

#203「誘い水」【永井】

#203「誘い水」【永井】


「バーボンと派手なレコード」

 永井が一人でブラックコーヒーを嗜んでるところへ、中原が以上の台詞を喚きながら闖入した。永井は、静かにテーブルにカップを置いて立ち上がる。

「ここは、名曲バーじゃない。すいぶん荒れてるようだが、どうしたんだリュースケ」

「良いから、強めの酒を寄越せ。ワンマンショーの始まりだ」

 観葉植物へ向け、中原は帽子を投げる。

「いよいよ、意味が分からない」

 そう言いながらも、永井は落ち着いて話が出来るよう、中原をリビングのソファーへと誘導する。

「あれ。鶴岡は、どうしたんだ」

「連休中は、実家だよ。久々に三姉妹揃って、大いに盛り上がってるそうだ」

「何だよ。タイミング悪いな」

 それは、こっちの台詞だ。静かに物思いに耽っていたというのに。

  *

「バーボンのボトルを赤子のように抱くな、リュースケ。絵面が、完全にアルコール中毒患者だ」

「うるしぇー、ジリョー」

 永井が中原の腕のあいだからボトルを抜き取ると、支えを失った中原は、そのままソファーのアームレストへしなだれかかる。

「呂律が回ってないし、フラッフラじゃないか」

 強い酒だぞって言ってるのに、馬鹿みたいに呑みやがって。せいぜい、二日酔いで苦しめ。

「うぅ、かしゃぎの奴め。しゃよなりゃと書いたメモを、ドアポシュトに投函しやがって。星三つだよ」

 どこぞの厨房のシェフか、お前は。

 永井が心の中でツッコミを入れているとはつゆ知らず、中原はしゃっくりを一つ漏らし、そのまま言い続ける。

「ヒッ。紐の先をしっかり掴んでないと、油断した隙にあっという間に天高く飛んで行って、どれだけ手を伸ばしても届かない遥か上空へ舞い上がってしまう。笠置は、そんなヘリウムガスが詰まった風船のように、危なっかしい女だよ」

 ひとしきり言いたいことを吐露すると、中原はトロンとした焦点の定まらない目で永井のほうを見つめる。永井は、大きく溜め息を一つ吐いてから、中原に向かって真剣な口調で言う。

「良いのか、リュースケ。まだ、諦めるのは早いだろう。記者なら、追跡取材したらどうなんだよ」

 追跡取材、という言葉に反応し、中原はスックと立ち上がると、さっきまで酔っていたのが嘘のような足取りで廊下に向かい、ドアの前で振り返って永井に一言告げてから、バタバタと廊下を駆けていく。

「ムッ。そうか。その手があったか。酔っ払ってる場合じゃない。――サンキュー、ジロー」

 どういたしまして。

 足音が消えた頃、永井はおもむろにソファーから立ち上がり、ボトルを持ったままキッチンへと歩いていく。そして戸棚を開け、ボトルを見ながら呟く。 

 リュースケは俺より凄いポテンシャルを秘めてるが、自分では導火線が燻ったままなのがネックだよな。

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