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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
213/232

#202「緑の瞳」【山下】

#202「緑の瞳」【山下】


 黒砂糖が白砂糖より洗練されてないなんて、誰が決めたんだ。

「祝日と祝日に挟まれた平日は、国民の休日として祝日扱いになる。――角、取るぞ」

 裏の白い広告を八かける八の升目状に線引きした盤面の上で、印刷面を黒く塗り潰した牛乳キャップを並べながら、山下と吉川が対局している。山下は、盤上に白い面を上にして牛乳キャップを置き、そこから斜め方向に三枚、黒い面を白く引っくり返す。

「それで、五月一日が新しい天皇に変わって祝日になったから、十連休になった、というわけだな。――あっ、それは痛いな」

 吉川は顎を撫でさすりながら、盤面に白い面を下にして牛乳キャップを置き、縦方向に一枚、白い面を黒く引っくり返す。

「まぁ、今年だけの特例になるみたいだけど。アルバイトや課題が無ければ、目一杯遊べたのになぁ。――結局、教材と制服は買ったんだな」

 山下は、長押にエス字フックで吊るされた緑のダブル二つ釦のブレザーと、机に雑然と積み上げられた書籍類を見ながら言う。

「いいや、買ったのは教科書だけだ。問題集とか参考書は、誰かに見せてもらったり図書室で読んだりしてるし、そこに吊るしてるのは、この春に卒業した先輩のセコハンだ。入学式の日に親父の背広で行ったら、保健室に連行されて、事務室前にあるマネキンが着てる制服を着せられてさ。それから式が終わったあとに事情を説明したら、学年主任の教師が、都合を付けてくれたんだ。――手が止まってるぞ。パスか」

「三ヶ所で迷ってるんだよ。よし、ここにしよう」

 山下は、牛乳キャップを置くと、その隣を一枚だけ引っくり返す。

「えっ、そこなのか。こいつは、妙な動きを企んでるな」

「いいから、早く置けよ。黒は、一ヶ所だけだぞ」

「はいはい」

  *

「もっと親密になりたいと思ってるけどさ。どうしていいか分からないんだよ。――ここしか無いか」

「勉強は出来ても、恋心は理解できないんだな。語彙は豊富でも、口説き文句は貧困だ。――こっちの角、貰うぞ」

「仮に何ヶ国語を操れたって、自分の気持ちを好きな人に伝える言葉は一つだろう。――あっ、しまった。見落としてた」

 おかしいな。調子が狂ってきたぞ。

「そもそも山下は、鶴岡のことを、最終的にどうしたいんだ。手を繋ぐだけか、ハグまでか、それともチューしたいのか。――ケアレスミスに、ご注意」

「ふざけないでくれ。――あぁ、これは負けだな」

 後攻にすれば良かったかなぁ。

「いやいや、山下。これは真面目な話だぜ。ゴールが見えなきゃ、ドリブルもシュートも決まらないじゃないか。そうだろう。――序盤で甘く見たんだろう。ごちそうさま」

 そう言いながら、吉川は最後の一枚を置いて盤面を埋める。白い広告は、半分以上が黒くなっている。

「こうなると、数えるまでもないな。参りました」

 山下が頭を下げると、吉川は嬉しそうにしながら、近くに放り投げられている鞄を引っ掴み、中からプリントの束を出す。

「それじゃあ、約束通り、答えを教えてくれ」

「はいはい」

 自力で解かなきゃ、勉強にならないってのに。まぁ、俺も何だかんだで吉川に頼ってるところがあるから、お互いさまか。

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