#020「秋分」【万里】
#020「秋分」【万里】
「ここ数年、春と秋だけしか会ってないわね、博さん。ご機嫌いかが」
バケツに掛けた雑巾を手に取り、軽く絞ってから墓石を拭く万里。
「この前来たときから、いろいろあってね。何やら、大きな変動が起きる予感がするの」
万里は墓石を拭き終わると、雑巾をバケツに掛け、仏花の束を二つに分け、柄杓で水を入れた花立に挿した。
「菊と樒と彼岸花。芸がないと言わないでね。この季節は、この花束くらいしか売ってないのよ」
万里はマッチを擦り、燭台に固定した蝋燭に火をつけ、線香の束に火を移すと、軽く振って炎を消し、それを香炉に寝かせて置く。そして、両手を胸の前で合わせ、静かに瞼を閉じて拝んだ。
実は、この秋から寿くんを預かってるの。誠の前妻とのあいだの子供よ。当の誠が、入院して来春まで退院できそうにないものだから、代わりに面倒を見てあげることにしたの。母親に冷たい娘たちと違って、とっても素直で良い子なのよ。とても誠の息子だとは思えないくらい。そうそう。寿くんには、社長令嬢のガールフレンドが居るのよ。隅に置けないわよね。
万里は目を開けると、半歩下がってしゃがみ、右手の墓誌を見ながら、再び口を開いた。
「小梅は漫画ばかり描いてるの。何か熱中できることがあることは良いことだけど、もう少し生身の人間にも関心を持って欲しいところね。竹美はバンドマンと付き合っているの。私は、本人たちが合意の上なら好きにすれば良いと思うんだけど、松子は快く思ってないみたい。でも、この前の家庭訪問に来た寿くんの担任の先生が、どうやら松子に一目惚れしたらしくってね。坂口さんっていうんだけど。ようやく、あの子にも春が来ようとしてるの。これを機に、色恋事に目覚めてくれると良いんだけど」
立ち上がり、墓石に視線を戻す万里。
「娘を取られるのは嫌だからって、坂口さんを恨まないでね。これは、娘を持つ親の宿命なんだから」
万里はバケツを手に取って玉砂利をザクザクと踏みつつ外柵の外へ出ると、一度だけ振り返り、再び前を向いて本堂のほうへ歩いて行った。
帰ったら、松子にこれを渡してあげなくっちゃ。それから、日曜日までに意識改革させないと。
万里はバケツと雑巾を用具棚に戻すと、懐に茶封筒があることを確かめた。
今夜は、お赤飯でも炊こうかしら。でも、そういう露骨なことは、松子は嫌うかな。まぁ、お彼岸だからってことにしておきましょう。




