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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
208/232

#198「大和撫子」【風華】

#198「大和撫子」【風華】


 たまには和服も良いものだ。心の中に、たおやかに振舞おうという意識が芽生えてくる、気がする。毎日着るのは、遠慮したいけど。

「浴衣は小さいときに一度だけ着たことあったけど、まさか矢絣袴を着る日が来るとは。でも、ホントに良いの、竹美。何なら、今からでも払うわよ」

 風華が、巾着の中から財布を出そうとすると、竹美は、それを片手で制し、懐からポチ袋を出しながら言う。

「良いのよ、風華。お正月に、こういうものを頂いたから」

「お年玉か。二人分だけど、足りるの。端数くらいは出すわよ」

 疑問を呈する風華に対し、竹美は含み笑いをしながら、袋の中から二枚の横長の和紙を出す。そこには「壱丸呉服、衣装レンタル無料券、無期限有効」と流麗な筆文字で書かれている。そして紙の端には朱で、丸に一つ引きの引両紋の一部が押捺されている。

「心配、ご無用。一人で二回使っても良かったんだけど、せっかくだから二人で一度に使い切っちゃおうと思って」

 あっ、現金じゃないのか。便利なものを貰ったものね。

「へぇ、良い物を頂いたじゃない」

 風華が感心しながら言うと、竹美は少し照れながら続けて言う。

「でしょう。あと、……風華に日本らしい体験をして欲しくてね」

 あぁ、そういうこと。別に、そんな気を遣わなくて良いのに。

「ありがとう。嬉しいわ」

 永井先輩のも伝えたし、竹美にも言ったから、ひょっとしたら知ってるかもしれないけど、あと一人にも知らせておかなくちゃいけないのよね。どう切り出そう。

  *

 どうでもいいときは、やたらとチョッカイをかけてくるくせに、いざ探すとなると、なかなか見つからないんだから。

「ドラ猫か、あいつは」

 風華が悪態をついていると、死角から三つ揃いを着た中原が声を掛ける。もちろん、ハットとブーツも、いつも通り着用している。

「俺がトムキャットなら、笠置はジェリーだ」

 風華は驚いた表情をしながら声のするほうへ向き、嬉しさと怒りが混じった複雑な表情をしながら言う。

「なら、鼠捕りでも仕掛けておきます。どこに居たんですか、先輩。探したんですよ。車の下とか、屋根の上とか」

「そんなところに居たら、通報されるって。それより、用事は何なんだ」

「その前に、これを見て、何か言うことがありませんか」

 風華は、手で袖を持って両腕を広げる。中原は、近付いて全身を隈なく観察し、そして一歩離れて不躾に言う。

「欧米体型でも、補整次第で見られたものになるものだな。馬子にも衣装だ」

「何ですってぇ」

「うわっ、これはヤバイ」

 風華が血相を変えて睨み付けると、中原は一目散に逃げ、それを風華は追いかける。

 前言撤回。服を変えたくらいでは、人間、そう易々と心変わりしない。私の中の益荒男は、寝たふりをしただけだったようだ。

 結局、このあと風華は小一時間ほど中原を追い回したが、最後まで捕まえることは出来ず、息を切らした状態で合流した竹美には心配され、その隣に一緒に居た永井からは呆れられ、用件は言いそびれてしまうのであった。


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