#197「特ダネ」【中原】
#197「特ダネ」【中原】
仮に妻の陣痛の知らせを受けて病院に急行し、分娩に立ち会ったとして、夫は何をするのが適切なのだろうか。声を掛けるか、手を握るか、それとも汗を拭うのか。
「えっ、それは大変だ。編隊長っ」
カタカタ、がやがや、ガサガサと騒がしい、かごめ新聞社のオフィス。受話器を持った中原が、デスクに陣取っている誠に向かって叫ぶと、誠はドタドタと足取り重く歩み寄り、右手で脇を開いて敬礼している中原の背中を平手で一発叩いてから受話器を乱暴に奪い取る。
「編集長だ、馬鹿者。――こちら、かごめ新聞社です。……はい、俺で間違いありません。……分かりました。すぐ、そちらに向かいます」
受話器を置くと、誠は中原から、彼が持ってきたジャケットと鞄を受け取る。
「気が利くな。その分だと、行き先は言わなくても分かるだろう。適当に頼む」
そう言うと、誠は中原の返事も聞かずに、ところどころ積んである紙のタワーを器用に避けながら扉の外に出る。扉にはめ込まれたガラスには、「芸能・スポーツ部、国際・文化部」という鏡文字が読める。
「了解です、艦隊長っ」
中原は、右手で脇を締めて敬礼し、オフィスを出て行く誠を見送ると、自席に着き、ノートパソコンを開き、記者専用の文書作成ソフトを立ち上げる。
さて。見出しは、『編集長、ついに三児の父か』で決まりかな。
*
「元気な女の子だね、寿くん。嬉しいかい」
「うん。初めて見たけど、赤ちゃんって、こんな顔してるんだね」
ケースの縁に手と顎を乗せながら、寿は興味津々で産着を着た新生児の顔を覗き込む。中原は、そんな寿の様子を微笑ましく見ている。
まだ眉毛も睫も生えてなければ、髪も和毛だもんな。目鼻も、はっきりしてないし。
「琢くんは、どうだい」
中原は視線を左から右に移し、寿とは反対側で、産まれたばかりの妹を不思議そうに見ている琢に声を掛ける。
「うーん、よく分からないや。あっ、でも、これで俺も兄ちゃんになったってのは、分かったぜ」
得意気な顔で言う琢を、中原は優しげに見返す。
誰かから「これで琢くんも、お兄ちゃんね」とでも言われたんだろうか。はてさて、お次は。
「こら、上げ底ベーシスト。部外者は、立入禁止だ」
誠が中原に近付き、新生児を泣かせたり側で寝ている金子を起こさないよう注意して小声で怒ると、中原は選手宣誓のように右腕をピンと伸ばして言う。
「そんな冷たいこと言わないでくださいよ、官房長っ」
「だから、俺は編集長だと言ってるだろう。まったく。こんなところで油を売ってる場合か」
何をおっしゃいます、警視長。俺は、れっきとした取材の真っ最中ですよ。それに社内のことは、入れ違いで戻ってきた先輩に任せました。それに、こんなめでたいことは、言葉に残さないと損でしょう。




