#195「銀の天使」【小梅】
#195「銀の天使」【小梅】
桜が枝に蕾を見せ始めたころ、私は制服の採寸にやってきた。
「前に来たときは、まだ枯れ枝だったのに」
バスのロータリーから校舎がある高台までの登り道で、桜並木のアーチをくぐりながら息を弾ませて小梅が言うと、背後から同じ色のブレザーを着た男子生徒が駆け寄り、声を掛ける。
「すっかり暖かくなったよな、鶴岡」
「わっ。山下くん」
小梅が目を丸くし、両手で口元を覆っていると、山下は、照れ笑いを浮かべながら言う。
「先週ぶりかな。あのときは渡すのに精一杯で何も言えなかったけど、気に入ってくれたようだな、それ」
そう言いながら、山下は小梅のスクールバッグのファスナー金具を指差す。そこには、ミニキャラにデフォルメされた阿仁目蒸太郎のアクリルキーホルダーが付けられている。
「えぇ。だって、わざわざアニメ市場まで行って、買ってきたんでしょう」
ミニキャラ版だけは、店頭限定販売だということは、もちろん把握済みなんだけど、一応、聞いておかないとね。
「わざわざ、というほどでも無いさ。俺も鞄に付けようかな、あのストラップ」
背負ったリュックをチラッと見ながら言う山下。
「それは、ちょっと恥ずかしいかも。でも、驚いちゃった。星雪舎に進学したとばかり思ってたのに。どうして、南にしたの」
小梅が小首を傾げると、山下は言い辛そうに頬を指で掻きながら言う。
「うーん、ひと言では言えないな。たしかに南は、スポーツに強い高校でもなければ、特別に進学実績が優れてる訳でもない。だから、こっちにするって言ったときは、父親から猛反対されたし、母親は驚いて、泣きながら星雪舎に入るよう懇願されたよ」
それは、そうだろう。せっかく名声高い学校に受かっておきながら、それを溝に捨てるような真似をしようと言うのだ。怒りたくもなるし、引き止めたくもなるだろう。
「だけど、俺は、もうサッカーを続ける気も無ければ、他人を押し退けてまで出世街道を直走ってやろうという気も無いんだ。それに、これまで親の期待に応えようとするあまり、言いなりになって自分を見失ってた気がしてさ。ここらへんで、少し立ち止まって、見つめ直そうと思ったんだ。ヘヘッ。キザっぽいかな」
はにかみながら言う山下に、小梅も面映ゆがりながら質問する。
「ちょっとだけね。それじゃあ、サッカーは中学までにして、高校からは別のことをするつもりなの」
「そのつもり。良い子ちゃんからは、卒業しないと」
「過去の自分に、けりを付けたのね」
「そうそう。うまいこというな、鶴岡。――改めて、これからも、よろしく」
山下が片手を差し出すと、小梅も片手を出し、それをしっかりと握り返す。
どうやら運命のキューピッドは、私たちに二本目の矢を打ち込んだらしい。




