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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
204/232

#194「寒の戻り」【永井】

#194「寒の戻り」【永井】


 縛り、八切り、都落ちがあるトランプゲームと言えば、自ずと答えは一つに絞られる。

「いったい、俺の家を何だと思ってるんだ」

 リビングのソファーに座りながら、苛立ちを隠しきれずに永井が険のある表情をしてキッチンに向かって言うと、あっけらかんとした開き直りとも取れる調子で、一切の遠慮なくステンレスボウルや木箆を用意しながら松子が言う。

「そうねぇ、クッキングスタジオってところかしら」

 そのうち利用料を取るぞ、鬼瓦め。

 永井が大きく溜め息を吐きながら顔を背ける。

「日曜日なのに、突然お邪魔して申し訳ないっす」

 早川がレジ袋から作業台に板チョコを出しつつ、恐縮して言うと、竹美が明るくフォローを入れる。

「良いの、良いの。次郎さんは、いつも、こんな感じだから」

 来客があるときは、の話だけどな。しかも、要らないオプション付きときた。

「バニラエッセンスとオレンジキュラソーしか無いのか。ラムかブランデーがあるかと思ったんだけどなぁ」

 不満そうに口を尖らせながら、兎の絵が描いてある小瓶を出して作業台に置く長一。

「おい、兄貴。戸棚を漁るな、この泥棒犬」

「キャイーン。ケチケチするなよ、次郎」

 長一は永井に駆け寄り、そのまま永井の上を目がけてソファーにダイブする。

「ぐっ、重い。離れろ、ボンレスハム」

「ブヒッ。ひっどいなぁ。お歳暮の時期は、とっくに過ぎたのにぃ」

 永井は両腕を伸ばし、上体を起こしながら長一を跳ね除けると、脇腹を摩る。押された長一はカーペットに転がり、やがて立ち上がる。

「仲が良い兄弟っすね」

 手を止めて長一と永井を見ていた早川が、何気なくそう言うと、琺瑯引きのバットとクッキー型を出している松子も同意する。

「本当。仲睦まじくて、羨ましい限りだわ」

 片手間に適当なことを言うな、シーサー。羨望するなら、立場を入れ換わってくれ。

  *

「あぁ、やっぱり星の先が欠けたっすね。ハートは、うまく型が抜けたんすけど」

 バットの上には、頂点の一つが斜めに欠けたチョコレートがある。

「気にしない、気にしない。それくらいなら、かえって手作り感が出て好印象よ」

「うん。一生懸命作った品は、どんな高級品にも負けないよ」

 心配で弱気になる早川を、竹美と長一が励ます。

「そうそう。これで、秋子ちゃんの心を鷲掴みね」

 ガッツポーズをしてみせる松子。

 心停止させる気か、ボクサー。あの腕なら、林檎が砕けそうだ。いや。そうなると、もはやゴリラか。

「たしかに気持ちは込めたっすけど、高峰さんに安上がりだと思われないっすかねぇ」

 良いじゃないか、それで。自信を持てよ。まだ冷蔵庫に二種類残ってるから、そいつで革命を起こせ、大貧民。

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