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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
203/232

#193「宴も酣」【斧塚】

#193「宴も酣」【斧塚】


 今年の卒業式は、奇しくもホワイトデーと重なった。式は昼過ぎに終わり、今は夕方の六時を回ったあたり。

「だいたい、クラスの三分の二くらいだな」

 インディゴ染めのブルゾンを羽織った斧塚は、ジョッキを傾けて琥珀色の泡立つ液体に喉を潤しながら、ワイワイと騒々しいくらい賑やかに盛り上がる教え子たちを見渡している。

 卒業式のあと、自由参加で打ち上げをすることにした。希望者のみ私服に着替えて現地集結と言ったが、ここまで多いとは思わなかった。あとで財布の中身を確認しておこう。校長のポケットマネー分だけでは、足が出るかもしれない。

 斧塚が視線を右に走らせると、ボーダーのティーシャツ姿で片手にコーラの入ったグラスを持つ吉川、ストライプのシャツ姿で傍らにジンジャーエールの入ったグラスを置いている山下、フルジップのパーカーを羽織り、オレンジジュースを注文している生徒会長が、ボーイズトークに興じている。

「素敵な思い出をありがとう、か。結局、言い出せなかったんだな、へたれチキン」

「チキンは余計だ」

「そうだな。山下がチキンだと、共食いになる。――サングリアって何だ」

 吉川は、メニューをめくりながら山下に言い、おすすめドリンクのページで手を止める。

 そっちは酒だから頼むな、吉川。

「それはアルコールメニューだよ、吉川くん」

「私服だからいけるんじゃないか。太郎ちゃんは、お堅いなぁ」

 吉川を制止する生徒会長を、山下は鼻につく甘え声でからかう。

 いやいや、乗っかるんじゃないぞ、山下。いくら何でも無理だから。

「中山と呼びたまえ、失敬な。仮にも僕は、生徒会長を勤めた人間だぞ」

 言ってることは正論だが、いかんせん答辞でマイクをハウリングさせたり、緊張で噛みまくったりしたから、威厳も何も無いな、中山。

 斧塚が呆れながら反対側に視線を移すと、チェックのコットンシャツ姿の小梅、水玉模様のボレロを羽織った英里、ケーブルニットのカーディガンを羽織った佐伯、ペイズリー柄のワンピース姿の大橋が、それぞれオーダーした、烏龍茶、白桃スムージー、カルーアミルク、メロンソーダを飲みつつ、ガールズトークに花を咲かせている。

「序盤でヒロインが、喫茶店でモンブランを注文してたのと、終盤で黒縁の赤鬼が、万年筆を探してたのは、実は、繋がりがあるのよ、小梅ちゃん」

「えっ、そうなの」

 こっちはドラマの話かな。佐伯先生がガールの範疇かとか、なぜ卒業生でもない大橋が紛れ込んでいるのかとかは、もはやツッコンではいけないんだろうな。

「分かった。蒼太きゅんが見付けた万年筆は、モンブランのなんでしょう」

「正解です、佐伯先生」

「やったー」

 酔いが回ってませんか、佐伯先生。今日は引率で来てることを、お忘れなく。

「ノイタミナなのが、もったいないよね」

「せめて深夜枠って言おうよ、英里ちゃん」

「マニアックすぎるのかしらねぇ。私は、あぁいうドラマは好きだけど」

「ヲタク趣向は玄人向けで、万人受けしないのか。年に二回の合戦で、経済を回してるのに」

「英里ちゃん、自重して。照美ちゃんが、話について行けずにポカーンとしてるから」

 うん。俺も、理解できなくなってきた。これ以上、深く考えるのは、やめよう。

 斧塚が視線を右に戻すと、吉川がねぎまを、山下がつくねを、中山がささみを注文しており、メニューの最後に挟まれた求人広告に注目している。

「アルバイト募集中だってさ、山下」

「進路決定済み高校生可で、賄い有りか」

「生徒の本分は、学業だぞ」

 中山みたいに小遣い稼ぎを否定することはしないけど、待遇が良いってことは、それだけキツイ仕事だってことだから、気を付けろよ。

 斧塚が視線を再び左に向けると、大橋の前にはチャンジャが、英里の前にはチーズ芋餅が、小梅の前にはうずらが、そして佐伯の前には軟骨が置かれており、話題は色恋事に移っている。

「一年だけ待ってください。クラブに注いできた情熱を試験勉強にぶつけて、必ず、東に受かりますからって言ったんです」

「キャー」

「勇気があるわね、照美ちゃん」

「良いわねぇ。青春だわ。青き春。ブルースプリングよ」

 いよいよ、目がトロンとしてきましたね、佐伯先生。酔いすぎでしょう。酒にも、自分にも。

 斧塚は、もの切なげに目を伏せながら、テーブルに静かに空のジョッキを置き、誰にも聞こえないくらいの小さな声でボソリと呟く。

 曲がりなりにも一年間、世話を焼くと、愛しさが湧くものだな。五月蝿いのが居なくなったら、寂しくなるなぁ。


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