#191「花の命は」【松子】
#191「花の命は」【松子】
昨日は三月三日、桃の節句。桜より桃のほうが早く咲くが、梅の開花は、それより早い。
「先輩、お電話です」
保留ボタンを押し、受話器の通話口に手を当てながら、秋子が離れた場所に居る松子に声を掛ける。
「ごめん、秋子ちゃん。ちょっと、そっちに行けないの。内線で繋いで」
「あっ、はい」
秋子が固定電話に貼ってある七十五ミリ角の付箋を見ながら、次の言動を確認していると、それを察した松子が先手を打つ。
「外線、何番」
「えっと、二番です」
松子は右手で外線二のボタンを押し、左手で素早く受話器を取り、右手でボールペンとメモを用意する。
「お電話換わりました、鶴岡です。……もしもし。お電話が遠いようですが」
松子がビジネスライクに立て板に水と定型句を述べるが、返事がない。訝しげに耳を澄ますと、受話器の向こうから、時折、小さく啜り泣きの声が聞こえてくる。
「ひょっとして、小梅」
「松姉ぇ。あのね、私」
そういえば、今日は東高校の合格発表日だったわね。
視線を壁に移し、そこに掛けられた時計を見る松子。短針は二を、長針は十二と一のあいだを指している。
「言い難いだろうけど、先に結果を訊いても良いかしら」
松子が労わるように優しく言うと、小梅は涙声で逡巡しながら答える。
「うん。……番号、無かった」
あぁ、そっちの涙だったか。頑張ったのになぁ。
「そっか。おつかれ、小梅。このことは、もう、先生やお母さんには言ってあるの」
「うぅん、まだ。先生には、これから学校に戻って言う。ママには」
「家に帰ってから、ね」
「松姉に、一番に伝えようと思って。だから」
いつもは文句ばっかり付けてくるくせに、こういうときだけ可愛いところを見せるんだから。ずるいわ。
松子は、小鼻に右手を軽く当て、小さく鼻を啜りながら言う。
「そう。ありがとう。もっと話したいところだけど、仕事中だから切るわね。続きは、家でじっくり聞くわ。気をつけて帰りなさいね」
「うん、分かった。じゃあね」
「それじゃあ、また」
松子は、ツーツーという音で電話が切れたことを確認し、フーッと大きく吐息を漏らしながら受話器を置く。
大健闘よ。花弁は散ってしまっても、そのうち葉が出て、実が生るわ。




