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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
201/232

#191「花の命は」【松子】

#191「花の命は」【松子】


 昨日は三月三日、桃の節句。桜より桃のほうが早く咲くが、梅の開花は、それより早い。

「先輩、お電話です」

 保留ボタンを押し、受話器の通話口に手を当てながら、秋子が離れた場所に居る松子に声を掛ける。

「ごめん、秋子ちゃん。ちょっと、そっちに行けないの。内線で繋いで」

「あっ、はい」

 秋子が固定電話に貼ってある七十五ミリ角の付箋を見ながら、次の言動を確認していると、それを察した松子が先手を打つ。

「外線、何番」

「えっと、二番です」

 松子は右手で外線二のボタンを押し、左手で素早く受話器を取り、右手でボールペンとメモを用意する。

「お電話換わりました、鶴岡です。……もしもし。お電話が遠いようですが」

 松子がビジネスライクに立て板に水と定型句を述べるが、返事がない。訝しげに耳を澄ますと、受話器の向こうから、時折、小さく啜り泣きの声が聞こえてくる。

「ひょっとして、小梅」

「松姉ぇ。あのね、私」

 そういえば、今日は東高校の合格発表日だったわね。

 視線を壁に移し、そこに掛けられた時計を見る松子。短針は二を、長針は十二と一のあいだを指している。

「言い難いだろうけど、先に結果を訊いても良いかしら」

 松子が労わるように優しく言うと、小梅は涙声で逡巡しながら答える。

「うん。……番号、無かった」

 あぁ、そっちの涙だったか。頑張ったのになぁ。

「そっか。おつかれ、小梅。このことは、もう、先生やお母さんには言ってあるの」

「うぅん、まだ。先生には、これから学校に戻って言う。ママには」

「家に帰ってから、ね」

「松姉に、一番に伝えようと思って。だから」

 いつもは文句ばっかり付けてくるくせに、こういうときだけ可愛いところを見せるんだから。ずるいわ。

 松子は、小鼻に右手を軽く当て、小さく鼻を啜りながら言う。

「そう。ありがとう。もっと話したいところだけど、仕事中だから切るわね。続きは、家でじっくり聞くわ。気をつけて帰りなさいね」

「うん、分かった。じゃあね」

「それじゃあ、また」

 松子は、ツーツーという音で電話が切れたことを確認し、フーッと大きく吐息を漏らしながら受話器を置く。

 大健闘よ。花弁は散ってしまっても、そのうち葉が出て、実が生るわ。


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