#001「四対一」【松子】
#001「四対一」【松子】
女三人寄れば、文殊もお手上げの姦しさ。
私の名前は鶴岡松子。二十八歳、銀行員。鶴岡家の長女にして、父亡き一家の大黒柱。
「スマートフォンで観れば良いじゃない」
「えきウタは、大画面で観たいの」
リビングのソファーでリモコンの取り合いをしているのは、二女の竹美と三女の小梅。竹美は二十一歳、大学生。小梅は十四歳、中学生。
揉み合いの末、リモコンは竹美の手に渡る。
「チャンネル権、ゲット」
「竹姉、ずるい。――ねぇ、松姉。やっぱり、レコーダー買おうよ」
小梅が、松子のほうを向き、背凭れに顎を乗せて話しかける。
「冬のボーナスまで待ちなさい。無い袖は振れません」
「むぅ。いっつも松姉は、それなんだから」
小梅は、頬を膨れさせつつ、テレビ画面のほうへ向き直る。
私にだって、買いたい物があるんだからね。
松子は、ダイニングへ行こうとした矢先、玄関から鍵を開ける音を聞いた。
「パートから帰ってきたのかしら」
「それにしては、早すぎない」
竹子が壁の時計を見ながら言うと、小梅も続く。
「でも、ここにいる三人以外に鍵を持ってるのは、ママだけだよ」
「そうね。どうしたのかしら」
松子は、怪訝な表情で玄関に向かった。
面倒なことになってなきゃ良いんだけど。
*
「ただいま、松子」
玄関に居たのは、紛れもなく実の母親、鶴岡万里その人。心はいつも十六歳の四十七歳である。
「おかえりなさい。早かったのね」
「ふふっ。今日は、大きなお土産があるの。おいで」
万里が手招きすると、ランドセルを背負った小柄な少年が姿を現した。
母親は、ついに誘拐犯になってしまったようだ。
「いくら家に男がいないからって、こんな少年に手を出すなんて。元の場所に戻しなさい」
「犬猫みたいに言わないの」
竹美と小梅が、松子の後ろから姿を現す。
「誰なの、その子」
「松姉の隠し子じゃない」
「こんな大きい子、産んだ覚えないわよ。――それで、誰なのよ」
「そんな眉間に皺を寄せて言わないでちょうだい。怯えちゃうじゃない。――ご挨拶して」
万里は少年に目配せをして、発言を促す。
「かごめ小学校一年一組、亀山寿です。よろしくおねがいします」
寿が言い終わるやいなや、万里は頭を撫で回す。
「よくできました。偉い、偉い。――そういうことだから、しばらく家で預かることにしたの」
「苗字が亀山ってことは、お母さんの親戚ってことよね」
「誠叔父さんの子なんじゃない」
竹美と小梅の推理を聞いたあと、万里は親指を立て、腕を突き出す。
「ザッツライ。私の甥っ子なのよ。さぁ、氏素性もはっきりしたことだし、今夜はパーッと騒ぐわよ」
家に異性が居るという状況は、かれこれ十二年ぶりになる。これは厄介なことになったわ。